ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜


 筒井家は、千波さんや俺とは違う沿線を使う。会社から電車で10分。駅から近い分譲マンションの12階。
 眺めは最高。夜景が綺麗に見える。
「いつ来てもいい眺めよねえ」
 缶ビールを片手に、千波さんは窓から外を見ている。
 俺は、その後ろ姿を眺めながら、対面キッチンで買ってきたサラダを盛り付けていた。筒井さんが盛り付けは苦手だと言い、千波さんはハナからやる気がないらしいので申し出た。
 筒井さんは、缶ビール片手に皿やグラスを出している。
 家に着くなり、2人で缶ビールを開けて、まず飲んでからいろいろ始めるのだと言われた。
 この2人、かなりの呑ん兵衛らしい。

 千波さんがお酒に強いのは知っている。あまり顔色は変わらないし、結構飲んでも普通にしている。酔った時には、話すスピードがいつもよりも更に遅くなって、言動がふにゃふにゃになる。凄く可愛くて、そのまま持って帰りたいくらいだ。
 でも、ちょっと水を飲むと、すぐに落ち着いてしまうのだ。
 きっと一晩中飲んでいられるに違いない、と思っている。

「須藤君、盛り付けうまいねえ」
 正面のダイニングから筒井さんが覗いている。
「そういえば料理得意だって聞いたけど」
「好きなだけです。得意って言えるほどでは……」
「そうなの?」
 聞き付けた千波さんがこっちを振り返る。
「須藤君、グラタンは得意なんだよね」
 にこにこしている。
「はい、グラタンなら……」
 盛り付けが終わって、顔を上げてギョッとした。
 筒井さんの目が輝いている。
「恭子ね、グラタン大好きなの」
「自分で作ってもさ、私不器用だし、いまいちおいしくないんだよねえ。旦那はグラタン得意じゃないし。あ、材料ならあるよ。冷蔵庫の物は好きに使って構わないから」
「……」
 作れ、と言われているらしい。
 いいんだろうか。初めて来た家で、料理なんてしても。家主はいいって言ってるけど。ていうか家主にやれって言われてるけど。
 ちょっと考えていたら、千波さんが駄目押しの一言を放った。

「私も食べてみたいなあ、須藤君の作ったグラタン」

「……やります」
 やるしかない。

 筒井家の冷蔵庫は大型で、食材はたくさん入っていた。
 筒井さんは料理は好きじゃないけど、平日の食事はなんとなく作っているそうだ。週末は、筒井課長が嬉々として作っているらしい。だから、週末の冷蔵庫は食材が豊富なんだそうだ。宅配で金曜に届くように注文するらしい。宅配ボックスからここまで、いつもは課長が運ぶそうだけど、今日は俺が運んできた。

 いろいろ物色した結果、無難に鶏肉とほうれん草と玉ねぎのグラタンを作ることにした。
 エプロンも借りて、気分はすっかり家政夫だ。
 ワインはグラタンができてから開けることになった。
 俺も「作りながら飲みなよ」と筒井さんに言われて、ビールを飲みながら調理している。
 女性2人は2本目を開けていて、すっかりリラックスモードだ。

「須藤君、手伝った方が良ければ言ってね」
「千波……そんなこと言って、やる気ないでしょ」
「ソンナコトナイヨ」
「棒読みするな。須藤君、千波はね、家に来た時は飲んでるだけでなーんにもしないんだからね」
「オテツダイシマスヨ」
「だから棒読みやめろ。外で飲んでる時はあっちこっち気を遣ってるくせに」
「あれは、自然とそうなるの。癖みたいなもんだよ。酔っ払ってもやってるからね」
「ここでもやんなさいよ」
「やだよ、なんにもしなくていいのなんて、自分ちかここくらいなんだから。実家だとこき使われるし」

 千波さんが、こんなにくだけた感じになるのは初めて見た。
 リラックスしていて、表情が凄くいい。楽しそうだ。
 千波さんを、そんな表情にしてあげられる筒井さんがうらやましい、と思った。俺もそうしてあげたい。

「わっ、須藤君。これなあに?」
 俺は、グラタンの合間にトマトとチーズのオリーブオイル和えを作って出した。この家は、調味料も豊富でいい物が揃っていた。筒井課長は相当料理上手なんだろう。
「つまみにどうぞ」
「ちょっと、気がきくじゃないの。……しかもおいしいし」
 筒井さんに続いて、千波さんも口に入れる。
「おいしい〜」
 ……その笑顔が見たかった。
 しかも、今日は俺の料理で笑顔にしてあげられている。千波さんの誕生日以来だ。
 調子に乗って、もう一品出した。モヤシのナムル。これも好評だった。
「幸せ〜」
 うふふ、と笑う千波さん。俺も幸せです。

 グラタンのいい匂いが漂い始めた。
「千波、ワインの前に酔っ払いそうだよ」
「だってこのモヤシおいしいんだもん。あ、ねえだし巻き食べようよ。筒井さんの分は分けとくから」
「それは千波のだから任せる」
「へへ〜じゃあお皿ちょうだい、須藤君」
「はい。これでいいですか?」
 冷蔵庫の隣の棚から、ちょうど良さそうな大きさの皿を3枚出す。もうすっかり家政夫だ。
 千波さんは、その皿にだし巻き卵を2切れずつ乗せた。一つは脇に置き、もう一つは筒井さんに。そして自分に。
「あれ?須藤君のは?」
「俺は、グラタンができてからいただきます」
「そう?じゃあ……」
 だし巻きと、俺に向かって手を合わせる。
「いただきます」
「どうぞ」
 神妙な顔が、また可愛い。
 一切れ、口に入れる。
 途端に、あの笑顔になった。
「ん〜おいしい!」
 目をキラキラさせて、俺を見る。
「おいしいよ、須藤君!」
 俺もつられて笑った。
「良かったです」
「ほら、恭子も食べて」
 笑顔のまま、筒井さんにも勧める。
 筒井さんも一口食べて「おいしい」と頷く。
 千波さんは満足気に笑って、俺にもその笑顔をくれた。
 俺も、大満足だった。




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