ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜


「おはようございます」
 朝、給湯室で千波さんに声をかける。
 最近では毎日のことになっていた。
「おはよう、須藤君」
 千波さんは、この瞬間は普通の、俺の大好きな笑顔だ。
「もうすぐ新人さんが来るね」
 4月半ば。今、新入社員達は、新人社員研修をしている。
 来週には配属されてくる。どこに何人来るのかはまだわからない。
「そうですね」

 新人が来たら。もし、俺のように、千波さんに惚れてしまうヤツがいたら。

 もし、千波さんがそいつを好きになってしまったら。

 想像すると気が狂いそうになるのに、いざ千波さんを前にすると、一歩踏み出せないでいた。

「ウチのチームは1人かな」
 千波さんが言う。
「そうですね」
「どんな人が来るかなあ」
「本田さん、また教育係ですか?」
「んー女の人なら多分そうなるだろうけど、男の人なら西谷君だと思う。私いろいろあるからさ……」
 なんだろう。人見知りだから、ってやつかな。
「まあ西谷君も、そろそろそういうのやってもいいんじゃないかなって思うしね」
 4月頭の人事異動で、磯貝さんが課長になり、チームリーダーが小田島さんになった。
 ウチのチームは1席空いている。
 席替えもなく、俺は千波さんの隣をキープできてホッとしていた。

 ホッとしている場合じゃない、と自分でも思う。
 来週には新人が来てしまう。仕事も忙しくなってくるみたいだし、誘うなら今しかないんだ。

 俺はウォーターサーバーの受け皿を、ギュッと握りしめた。

「あの、本田さん」
「んー?」
 千波さんは、花を包んできたフィルムやアルミホイルをまとめてゴミ箱に入れている。
「今日、い……」
 一緒に帰っていいですか。
 そう言おうとして、前にも同じことを言ったと思い出す。あの時は、一緒に帰って、結局踏み出せなかった。
「……?」
 きょとんとする千波さんの顔。可愛すぎて抱きしめたい。
「あの、帰り、夕飯、食べて、いきませんか」
 精一杯普通に言ったつもりだけど、カタコトだった。恥ずかしくて、顔が熱くなる。
 千波さんは、また俺をじっと見る。
 返事がないから不安だ。一体何を見てるんだ。どんな反応すればいいんだ。
 俺も千波さんを見ているから、2人で見つめ合う格好になる。
 千波さんの顔が、ゆっくり笑顔になった。
「なに食べたい?」
 え、それはOKってことか?
「あっ、あ、えーと……」
 しどろもどろになってしまう。
「駅のあっち側になるんですけど、ハンバーグのおいしい店があるらしくて。井上が教えてくれたんですけど、そこは、どう、ですか……?」
「ハンバーグ、いいね。じゃあそこ行こう」
 ホッとした。いつもの千波さんの笑顔だ。
「今日はささっと終わらせないとね」
「はい」
 俺もつられて顔がほころぶ。

 やった。やっと誘えた。
 デートにはまだ及ばないけど、とにかく誘ってOKをもらえた。

 俺は鼻息荒く、仕事を進めた。



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