催花雨
 集落に唯一ある雑貨屋の扉を開くと、入れ違いに少年が駆け抜けていく。

「お待ちっ! 配達はどうするつもりだい!?」

 店の奥から怒鳴り声が追いかけるが、その背には届かなかった。
 肩をすくめた女店主が、カウンターの内側から男を苦笑で出迎える。

「いらっしゃい。――まったく。あの軽い頭には、遊ぶことしか入っていなのかね」
「そういう年頃だろう」
「まあね。ちゃんと帰ってきてくれりゃあ、まだいいか。どっかのだれかさんみたいに、十年もかかるようじゃ困っちまう」

 ふん、と鼻を鳴らした店主から目を逸らし、男は使い込まれて飴色に光る天板に鞄を置いた。
 なかから油紙の包みを取り出すと、放るように店主に渡す。

「腰の調子はどうだ?」
「これのおかげで、この冬も寝こまずにすんだよ」
「それはなにより」

 男はうっすらと笑みを浮かべた。

「ああ、この前の注文だね。ちょっとお待ち」

 店主がいったん奥に引っこんでしまったので、男は店内の棚に目をむける。そこには、彼が調合した薬が並んでいた。
 酔い覚ましや熱冷まし、下痢止めなど。集落の外れまで、医者を呼びに行くほどではない傷病のための常備薬が置いてある。このひと月ほどで、あかぎれに効く軟膏の減りが鈍くなったようだ。そろそろ虫刺されの薬が多く出る季節になる。かゆみ止めのチンキに必要な薬草は、まだ在庫があっただろうか。

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