黒王子の溺愛
シャワーを浴び終えて、会社に行くための準備を整えた柾樹は、リビングのテレビを付け、タブレットを起動させている。

すでに仕事を始めているようだ。

「柾樹さん、コーヒーはいかがですか?」
「無理しなくていいと言っているのに。」
「無理はしていませんけど。」
柾樹は、ふう…とため息をついた。

「じゃあ、コーヒーはもらうよ。」
「はい。」

コーヒーの淹れ方には自信がある。
父にも、千穂さんにも、太鼓判をもらっているのだ。

美桜は慎重に粉の量を計り、ドリッパーにお湯を注ぐ。
ふわりと粉がお湯を含んだら、さらに湯を追加して、様子を見ながら淹れるのである。

──ん、よしっ…。

「いい、香りだな。」
「きゃ…!」

まさか、柾樹がキッチンに姿を現すとは思わず、美桜はお湯を指先に零してしまった。

「美桜!」
柾樹が慌てて、美桜の手からポットを奪い取り、蛇口から水を出すと、美桜の指先を流水に晒す。

「だから、無理をするなと言うのに…。」
「…ごめんなさい。驚いたり、して…」
「いや…。」

後ろから、抱き込まれるような、今のこの姿勢に、美桜は不謹慎だと分かってはいるけれど、どきどきした。

背中に、逞しそうな柾樹の胸がぴったりとくっついて、真横にその整った顔。

流水に晒すためとはいえ、握られている手にも。
昨日…、この手が、美桜の肌に触れた…。
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