脆い記憶
「はいどうぞ、こんなお返しでごめんね」

「いいのいいのありがとう!」

食後の缶コーヒーをこうちゃんに渡した

今日一日のお返しが缶コーヒーなんて
申し訳ない・・・


「こうちゃんってずっとニコニコしてるよね。前からそんなだっけ?」

「そうかな?たぶん晴たちに出会ってからやで」

スッとこうちゃんの睫毛が下がった後にニコッと笑った

「ねぇ、教えて欲しいの。私の高校生活を」

私の顔をハッと見たこうちゃんは明らかに動揺してる


川の流れる音だけが響く


きっとこうちゃんは私の事故のことを知ってる
だから私の高校生活の話をしにくいのだろうか


「・・・俺が、話すことは嘘かもしれへんよ?俺の都合のいいように話すかもしれへんよ?」

「こうちゃんはそんな事をする人なの?違うんじゃないの?」

「でも、晴の大切な思い出は晴が自力で思い出さなそれは思い出じゃなくなると俺は思う」

ごもっともだ
何も返せない


でもそれが出来ないから苦しんでるのに


「・・・わかった・・・ごめん」


気まずい空気が流れる

キツい言い方をしてしまった

こうちゃんは私の事を想って言ってくれたのに

私って人間は本当に自己中心的だ


「コトン・・・」
缶コーヒーを地面に置く音がした

こうちゃんが近寄ってきた
私の真横に座り直して
私の右手を握った

「じゃあ・・・多分忘れてるやろうから一つだけ教えてあげよっか」

こうちゃんが下を向いてる私の顔を覗きこむ

「俺と晴が初めてチューした場所はここなんやで?」

「えっ・・・?」

私が話し終わる前に
少し強引に
だけどやっぱり優しく
私の唇にこうちゃんの唇を押しつけられた


短いキス


少し離れたかと思えば
私の顔を大きな両手で包んで
さっきより少し深いキスをした

コーヒーの匂いが混じったこうちゃんの匂いが甘ったるくて頭がクラクラする

私の頬に触れるこうちゃんの手は
時折私の耳を触ったり
髪を撫でたり忙しそうにしてる

こうちゃんの温もりを感じながら

ゆっくりと目を閉じる


そうだ
思い出した
あの日も同じようにコーヒーの匂いがした
同じ自販機で買ったコーヒーを一緒に飲んだ
でも季節は風が心地いい夏じゃなくて
手が悴むほど凍てつく冬だった

こうちゃんに触れてる唇ばかりが熱をもってる

次第に身体の中も熱くなってきた


あの日も今と違って
私がこうちゃんの顔を包んでた

空から落ちてくる雪がこうちゃんの髪に落ちるたびにその黒い髪がより映えてキレイだった


・・・あの日もこうちゃん泣いていたっけ

なんだ
こうちゃんも泣いてばっかだったんだね


私からゆっくり離れたこうちゃんが
じっと私を見ていた

肌は白く柔らかそう

じっと見つめる瞳は
夜空のように輝いていて黒く深いのに
涙を堪えてるせいで少し赤く充血していた

『冬の兎のようで可愛い・・・なんて言ったら怒られるかな』なんて考えてたっけな


帰ってきたばかりの思い出に浸るのをやめて
ゆっくり目を開ける

クスッと思い出し笑いをした私に驚いたこうちゃんは私から離れた

「え?何?何笑ってんの?なんか変やった?ごめん!」

赤面するこうちゃんは耳まで赤くなってる

「初めてこうちゃんとチューした日を思い出してただけだよ」

それだけじゃない

こうちゃんの弟さんの存在も思い出せた

「そういえば祐樹くんって弟さんもいたよね」

「晴!すごいやん。どんどん記憶が戻ってる!」

とても嬉しそうに笑っているこうちゃんをみていると私まで嬉しくなってくる


記憶というものは幾つもの枝で分かれていて一つの枝が揺れると周りの枝も巻き込み揺れて
その揺れの波がどんどん広がっていく事で思い出すようになるかもしれないと医者に言われていた

私の記憶の枝が大きく揺れ始めた気がする


初めは気が重かったけど
勇気を出して数年ぶりにこの街に帰ってきてよかった


「こうちゃん、ありがとね。こうちゃんのおかげだよ」

「そんな事ないよ」と言ったこうちゃんは少し困った顔をしている気がした
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