泡沫〜罪への代償〜
第九章

いつでも一緒(中編②)


時間は経ち、春休みになった。
もうすぐ2年生になる。
と、言ってもクラスが一つしかないのだから、特に何かが変わるわけではない。

「え?」

ユメの部屋。メインルームと言っている場所。
遊びに来ていたアサコは、ユメの言葉に驚く。

ユメの祖母が淹れてくれたアップルティーを飲みながら、2人で話をしている。

アサコはこのアップルティーが大好きになり、それをユメに言ったら、大量の茶葉とティーセットをくれた。
その量にはビックリしたけれど、好意でくれたものだからありがたく受け取り、自分の中の「特別な日」を決めて家では飲んでいた。
「特別な日」と言っても、小テストが思ったより点数が良かった時や、母親の手伝いをして、褒められた日、そこまで「特別」ではないのだけれど。

ユメがこの町へ来てから4、5か月経っただろう。

アカリは相変わらずユメが嫌いで、本性を見せようともしない。
きっと、ユメの家に初めて来た日の屈辱が相当なのだろう。

あの日は帰りに「すごい家だったね」とナオトと話しながら自分たちの家へ戻ろうとしていた。
でも、アカリは別れの挨拶の早々に走って帰ってしまった。
それをナオトとアサコは笑いながら見ていた。
悔して、屈辱感と敗北感でどうしようもなくて、泣きながら、あのサンドバックを殴る蹴るするんだろう。
普段から、アサコとナオトを下等生物のように扱うから、そんなことになるんだと2人で「ザマーミロだね」とゲラゲラと笑った。

登下校も一緒になるようになったユメに、アカリは徹底して仮の姿の優等生の自分しか見せない。

一方で、アサコはユメと色々話すようになり、親しくなって、そんなに悪い子ではないし、むしろ素直で好感が持てると思っている。

ナオトも同じだと思う。ユメには優しくしているから。

生まれた時から近所で、アカリよりもずっと幼馴染としての付き合いが長いアサコにもナオトは優しいし、本音でお互い話すことが多い。兄妹みたいに育ってきたから、気が弱いアサコを妹のように思って接してくれている。
学校の成績は悪いけれど、本当はしっかりしていて、頭が回り、キレ者なナオトをアサコはよく知っている。

アカリの態度に辟易して、本当に嫌だとナオトに話をしていた時も、

「黙って言うことを聞いてるフリをして、持ち上げて、やりたくないことや面倒くさいことを押し付ければいいんだよ。さすがアカリ様!神様になるのはアカリ様しかおりませんね!いやー、アカリ様だから出来ることです、すごいです!って。高校に入るまでの辛抱だ。『豚もおだてりゃ木に登る』ってヤツだよ」

ナオトがそう言うのだから、そうしていればいいのだとアサコは思ってアカリと接していた。

だからユメと親しくすれば「宝くじ」が当たるから仲良くしてろ。とナオトがコッソリ言ったことを信じて、ユメと接触していたけれど、話をするうちに「宝くじ」なんか忘れて、本当に仲が良くなってきている。

ユメの家には何度も呼ばれて遊びにきている。ナオトも一緒の時やアサコだけの時もある。
アカリは「生徒会が」「部活が」と理由をつけて寄り付かないけれど。

そうして、今日もアサコはユメに呼ばれて遊びに来ているわけだ。
今日は「大事な話がある」とユメに言われて呼ばれた。
そして、その大事な話をたった今聞いたばかりだ。

ユメは真っ赤になりながら向かえの1人掛けのソファでウサギの顔をしたぬいぐるみを抱きしめている。
このウザギのキャラクターが好きだと言って、この部屋にもぬいぐるみや雑貨など色々ある。

「ナオトのことが好きなの?」

気持ちを落ち着かせようと、アップルティーを一口飲んでから確認する。

「もー!アサコちゃん、何度も言わせないでー!!」

ユメは恥ずかしさで手足をバタバタさせながら言った。


ナオトが好き?

なぜ?


かなり疑問だ。

ユメに好意を寄せて優しくしている男子はたくさんいる。
この家にも遊びに来ている人間はアサコたち以外にももちろん、男女問わずいるのだ。

見た目の可愛さはもちろんだけれど、圧倒的な財力も上乗せされて好意を抱いている男子も多いはずだ。

その中の誰かならわかるけれど、ナオトは無愛想だし、ユメに優しくしてるのは本当だけれど、ナオトの性格をあまり理解できていない人間には、ユメにもそっけなくしているように見えるはずだ。

かなり前だけれど、ナオトの家に行ったらギターが新しくなっていた。

楽器がよくわからないアサコでも、これは高いんじゃないかな?と思った。
それをナオトに言うと、アッサリと返事が返ってきた。
「ユメが勝手に買ってくれた」と。

学校でロックバンドの雑誌を見ていたら、「ナオトくんにはこのギターが絶対似合う!」と言い出して、数日後に家に呼ばれてギターを渡されたらしい。

それは、アサコにアップルティーをくれたことと何ら変わらない、ユメがそうしたくてしていることのようだ。

「ファーストキスだから、もう緊張しちゃって心臓が爆発するかと思ったー!ナオトくんも初めてだったよね?絶対」

どうやら、ナオトとキスをしたらしい。

残念ながら、ファーストキスではないと思う。

ナオトは最近まで市内の別の中学に彼女がいたのだから。
アサコは生まれた時からナオトと一緒だから、男子として見たことはないけれど、ナオトはイケメンらしくて、結構モテる。
まあ、顔は整ってはいるのはわかる。

ナオトの彼女とは、市内にCDを買いに行った時に出会って、同じバンドが好きだと意気投合して付き合うことになったらしい。スマホで撮った写真を見たけれど、大人っぽい美人な女の子だった。
アカリも猫系な顔の美人で学校では優等生だしモテるけれど、それよりもずっと綺麗な女の子だった気がする。
その子の話題があまり出なくなったから、別れたんだろうな。と思ってはいた。

でも、ユメを好きになるとは思えない。
昨日ナオトに会ったばかりだけれど、ユメを好きだと言う話は全く聞いていない。
恥ずかしくて言えないとかではない。それはアサコにはよくわかる。

そういえば、昨日ナオトに「明日ユメに呼ばれて家に行く」と話をしたら、ギターの弦を張り替えながら「へー」と少し笑っていた。
ナオトの家に野菜のお裾分けを届けに行ったついでに部屋に入って、アサコも深く考えずに言っただけだ。

「ナオトに告白したの?もしかして逆にされたの?」

「そんなのしてないし、されてないよー!私がナオトくんをカッコいいな、時々、優しく笑ってくれるところとか大好きだなーって思っていたのは誰にも言ってないもん。人に言ったのはアサコちゃんが初めてだよ?」

数日前にナオトだけが遊びに来た時に、一緒に映画のDVDを観ていたらしく、隣に並んで座っていたようだ。
その時に話をしていたら、目が合ってキスをされたらしい。

照れを隠すようにユメはウサギに顔を押し付けながら続けた。

「こっちに転校してきてから、お父さんとお母さんにまだ会えてなくて寂しいなって言ったら、ナオトくんが『可哀想だな、会わせてやりたいな』って言ってくれたの!すごく優しいよね?私だけにかな?あ、アサコちゃんにも優しいよね?」

「私は、ナオトとはほとんど兄妹みたいなものだから……優しくしてくれるのは当たり前っていうか……」

勘違いな嫉妬をされたら困るから、そこはしっかりと否定する。

「そっかー。アサコちゃん、誰にも言わないでね?絶対だよ?」

「アカリにも?」

一応、アカリの名前を出しておく。

この区画で4人一緒だから『仲間』だとユメ本人がいつも言ってるし。

「アカリちゃんかー」

アカリの名前を聞いてユメはウサギから顔を離した。
それから続ける。

「アカリちゃんって優しいけれど、なんか、それが本当だと思えない時があるの。私、見ちゃったんだ。放課後、アカリちゃんとアサコちゃんが資料運びをしている時に、アサコちゃんを怒鳴りつけているところとか、小テスト後の休み時間にナオトくんに「馬鹿すぎる」って言って、笑っているところとか。もしかしたら本当は意地悪な子?なんだか、よくわからなくなってきてるんだよね」

「アカリは優しいよ?私に怒っていたのは、私が悪いからだよ。それをダメだよって言ってくれてるだけだから。ナオトを笑っていたのは幼馴染だからじゃないかな?冗談を言い合っていただけだと思うよ?」

ユメにそれがアカリなんだよ?本当のアカリの姿だよ。と言って厄介なことになっては困る。
うっかりユメがアカリに言ってしまったら、火の粉を浴びるのはアサコやナオトだ。

「そっか。アサコちゃんがそう言うなら、私の勘違いだね。ごめんね?アカリちゃんには言わないでね?」

「もちろん言わないから大丈夫だよ」

「あ、そうそう!ナオトくんが……えへへ。ナオトくんがね、私がお父さんとお母さんに会えるようにみんなで考えようって言ってくれたの。俺たち『仲間』だろ?って。アサコちゃんもアカリちゃんも『仲間』だもんね、嬉しいなー」

再び照れ笑いをしながらユメが言った。

「私たちが?」

アサコは聞き返す。


どういうことだろう?

ナオトの考えがわからない。


「うん。みんなで考えたら、いい案が浮かぶかもしれないって。アカリちゃんは頭がいいから、何かいい考え出るかもしれないよね?ナオトくんがそう言ってた」



ユメからナオトの話を散々聞かされて、家に帰ると、家の前にナオトがいる。

「おう、お疲れ」

「お疲れじゃないよ、色々聞きたいことばっかりなんだけど」

アサコは呆れながら言った。

「まあ、言いたいことはわかっているよ。さて、行こうぜ」

「行こうってどこへ?」

アサコの質問に少し笑いながら答える。

「アカリ様の家だよ。俺たち『仲間』だろ?」


意味がわからない。

でも、何か考えているのだろう。


アサコはそう思いながら、ナオトの後を追った。



久しぶり来るアカリの家は広いけれど、やっぱりユメの家の後だとものすごく安っぽく感じる。

アカリの部屋のテーブルを囲んで3人で座った。

「話って何?」

アカリは面倒そうに言った。

アポなしで当日に来られるのは、いくら幼馴染でも本当に迷惑だわ。
毎日、ユメにムカついてサンドバッグを殴っていることも知られたくないし。
私がこんな気持ちでいることは、いくら幼馴染でも知られたくない。

ナオトから『話があるから今から行く』と言われて、慌ててシャワーを浴びて、何食わぬ顔をしなきゃいけない。
大した用事ではなかったら早々に帰ってもらおう。

そう思いながら、ナオトを見る。

アサコも連れて来たのはなぜなのか?

ユメを連れてこないだけマシだけれど。

「ユメが俺を好きになったみたいだ」

ナオトの言葉を聞いて、本当にどうでもいいとアカリは思った。

好きだから何?付き合う報告?

知らないわよ、勝手にすればいいじゃない。

「私も今日ユメに呼ばれて聞いたよ」

アサコが同意している。

「だから、それがどうしたの?私に何か関係があるわけ?」

イラつきながらナオトとアサコを見る。

「それで」

ナオトは机に置いてあるペットボトルのお茶を一口飲んだ。

「ユメちゃんはパパとママに会いたいよー、寂しいよー。と言っている」

「は?会いたいなら会えばいいじゃない。本当に何なの?用事がそれだけなら帰ってくれない?」

アカリは馬鹿馬鹿しいと呆れて、立ち上がった。

「まあ、聞けよ。俺たちはユメの『仲間』だろ?会わせてあげようと思わないか?」

「何それ。東京まで一緒について行くっていうの?冗談じゃないわ。自分のじいさんにでも頼んで行けばいいじゃない。それに、私は『仲間』だなんて1ミリも思っていなから。アンタたちの好きにすればいいでしょ」

アカリとナオトのやり取りをアサコは黙ってみている。
アサコもナオトが何を言っているのか、言いたいのかがわからない。

「じいさんに頼んだけれど、忙しいという理由で「そのうち行く」と親には言われたみたいだ。なあ、会いに来ると思うか?元々、会社を引き継いで忙しくて東京にいた頃にもロクに会っていない。娘のお守りをジジイとババアに押し付けているような夫婦が会いにくるか?娘との生活より仕事と金を選んでいる親だぞ?」

「うーん……、少し難しそうだよね?こんな田舎に引っ越しをして来るくらいだから、本当に会えていないんだろうね」

アサコが頷く。

「そんな親が会いにくるとしたら?理由はなんだと思う?」

ナオトはアカリとアサコを交互に見る。

「そりゃあ、急用があったらさすがに来るんじゃないの?誰かが病気になるとか、何かがあったら、いくら何でも来るでしょ」

アカリの答えにナオトは「さすがアカリだな」と笑顔になる。

「その『急用』を俺たちが作ってやればいい。そうしたらユメは親に会えるんだよ」

「どういうこと?」

アサコは首を傾げる。

「急にユメが病気になるはずがない。春休みだから特に外には出ていないし、ユメは自分の家に人を呼ぶのが好きだからな。だから交通事故に遭うこともない。ジジイとババアも元気だし、じゃあ、どうしようか?ってことをアカリに相談に来てるんだよ」

ナオトが少し困った顔で言った。

「そんなの……」
アカリはベッドの上に座り直して足を組んだ。
しばらく考えているようだ。

数分、間を空けてからアカリは言った。

「それなら、何か事件でも起きない限り無理じゃない?」

アカリの答えに驚いた顔をしてから、ナオトは何度も頷いた。

「やっぱりアカリに聞いて正解だな。俺も考えていたけれど、なんせ俺はバカだからな。何かを起こすのにはどうしたらいいのか全然思いつかなかったよ」

ナオトは拍手でもしそうな感じでアカリに言った。

「つまり、私たちで『事件』を起こして会わせてあげるってことね」

ナオトが平伏すのを見て、まんざらじゃない顔で言う。

「事件ねー……、どうせなら少し痛い目に遭えばいいと思うわ。あの子、少し調子に乗りすぎだから」

アカリが楽しそうに話しをし始めた。

ナオトはまたアカリを操って利用しようとしているんだ。

アサコは2人の様子を見ながら思った。

アカリは私たちが下手の出れば出るだけ満足するのだから。
どうせナオトは『事件』を起こすことも考え済みだと思う。
それをアカリがさも思いついたようにして、計画をするんだ。
そして、きっと何かあればアカリのせいにする。
ナオトはそこまで考えているはずだと思う。

「痛い目ねー……。でも暴力はダメだと思う。手を出したらバレるだろ?」

「そうね。こういうことは入念に考えるべきだと思うわ。何事も計画的に考えなきゃ失敗するわよ?」

2人があれこれと事件を考えて話をしているのを見て、アサコはたまらず口を挟んだ。

「待って。何か事件を起こすって、それってユメは納得するの?怖い思いをするんだから嫌がるのは当然だと思うよ?」

アサコの意見にアカリは「そんなこと?」という顔をしながら言った。

「別に怪我をさせるとかじゃないのよ?例えば、ちょっと変態に連れまわされた程度でいいじゃない。その変態役が大好きなナオトなら、イタズラなんだから喜んで乗ってくるわよ」

「それだ!!」

アカリの言葉にナオトは閃いたという顔をした。

アサコとアカリは顔を見合わせる。

「誘拐ってのはどうだ?」

「誘拐!?」

アサコは驚いて声を上げた。

「ちょっと、アサコ。静かにしなさいよ。うちの親に聞こえたら困るわ」

「金持ちのお嬢様なんだから誘拐される理由はわかるだろ?ここらじゃ、あの豪邸は有名だし、ジジイも地主だから住民にペコペコされてたじゃん。そんな金持ちの娘が誘拐されたとしても不思議じゃない」

「誘拐の理由は身代金ね?誘拐犯は私たちだとして……、でも身代金なんて払うかしら?いくら要求するかよね。あの子のワガママのために考えてあげているんだから、タダじゃ割に合わないわよ?」

「ユメには少し隠れてもらうし、日数もかかるかもしれないだろ?夜に隠れて1人でいてもらうことになるかも。田舎の夜は怖いからなー、俺たちが泊りがけで張り付いているわけにもいかないよな、そうしたら俺たちが犯人だってバレちまう。ユメのワガママで少年院にぶち込まれるのは御免だよ」

「そうね、田舎の夜を1人で小屋の中でも過ごしてくれるだけで十分怖いわよ。あの子のワガママなんだから、それくらいは我慢してもらいたいわ」

「じゃあ、身代金はどうしようか?一応はユメのためとはいえ、怖い思いもさせるんだから、取り分はユメが一番多くていいだろ?」

「いいわよ。でも、そのお金を私たちも貰ったとしても、どこに隠す?通帳に入金なんてできないわよ?それこそ、まず親にバレてしまうし、そもそも中学生が自分の口座なんか持っている?私はお年玉を貯金するために親に口座は作ってもらったけれど、管理はもちろん親よ。アンタたち口座なんかないでしょ?あっても親にバレてアウトよ」

「それがさ、こんな偶然あるのかって思うけれど……」

ナオトがまたお茶を飲んで、自分のスマホを取り出す。

「ネットバンク。知っているか?」

「何?それ」

アサコは少し恐怖を感じながら言う。

さっきから、この2人は何を考えているの理解できない。
誘拐なんて、犯罪を犯すなんて、そんな恐ろしいことを平気な顔で話している。

「インターネットのサイトの口座で、通帳もいらない。管理はスマホで簡単に出来る。親にもバレない」

「知っているけれど、それって私たちは未成年だし親の同意がいるわよ?普通の銀行と変わらないじゃない。それに私たちの名前で登録なんだから結果、同じことね」

アカリが呆れて言うのを見て、ナオトは首を振る。

「俺さ、金を貯めようかと思って。親に管理されない隠し財産みたいに。高いギターが欲しくて貯めようかな?って思ってさ。そんな物を欲しがってるいることを親に言ったら反対されるし、やっぱり、親の同意が必要だなって話をユメにしていたんだよ。そうしたら、ユメはネットバンクに口座を持っているっていうんだ。しかも、ここが大事だ。それは、ばあさんがジジイにも親にも見つからないように内緒で作ってくれたらしい。好きに金を使えるようにだってさ。ユメの名前じゃ簡単にバレるだろ?金持ちがよくやることらしいけれど、架空名義?存在しない人間や会社の名前で作ってくれたんだってさ。それはいいなーって言ったら、適当な名義の使っていない口座がまだまだたくさんあるって言うんだよ。よくわからないから適当なのあげるってIDとパスワードもくれた。どれがいいか知らないから好きなの選んでねって4個も。キャッシュカードもある。パスワードを変えれば、俺たちだけの口座が出来るんだよ。これってすごい偶然だと思わないか?」

「アンタ、それ本当に偶然なの?」

アカリが怪しい顔をしてナオトを見ている。

それにはアサコも同意だ。そんな上手い偶然があるわけがない。

「まあ、それは別にいいじゃん。俺とユメの仲だから、そこは放っておいてくれよ」

この為にナオトはユメに近づいたんじゃないの?

気を持たせる素振りをして、キスをして、自分もユメを好きだと見せてるんじゃない?

アサコは自分はとんでもないことに巻き込まれていきそうな気がして怖くなった。


「それはいいけれど。興味すらないから」

アカリは鼻で笑っている。

2人とも、少しおかしいよ……。これは立派な犯罪計画なんだって、大変なことを考えているって思わないの?

そう思っていると、スマホにラインが来る。
アカリのスマホもピロンと音が鳴ったから、同時に来たんだろう。

ナオトからのラインを見ると、よくわからない銀行名と〇〇商事やら、××物産など聞いたこともない会社の名義のものが3個届いた。

「俺はギター資金に1個もらってる。もちろん、そういう会社名のものをな?残りの3個は今2人に送ったから好きなものを選べよ。余った口座はユメに返して、これで身代金の口座ができる。4人分。きちんと分配できるだろ?」

「金持ちの税金対策ってことかしら?よくドラマでやっているわよね?本当にあるとは驚いたけれど」

アカリはそう言いながらスマホを見ている。それから頷いて続けた。

「私は決めたわ。××物産にする。すぐにパスワードを変えるから、履歴も消してくれないかしら?アサコもどちらか好きな方を選んで。履歴を消すために」

「ちょっと待って。2人ともどうかしているよ?私は嫌だよ。参加しない」

アサコが首を振ると、アカリが睨みながら言う。

「ここまで話を聞いて下りるなんて、そんなこと許されると思っているの?誰かに話されたら私とナオトは少年院行きなのよ?共謀しているユメだって同じよ。これはユメのワガママのためにやってあげているんだから、悪いことはしていないわ。そのワガママの手伝いの報酬なんだから。アサコ、自分だけ逃げようなんて思わないことね。そんなの私もナオトも許さないから。わかった?」

助けを求めるようにナオトを見るけれど、ナオトはアサコを冷たい目で見ている。

「アカリに同感だ。アサコ、お前だけ逃げるなよ。お前が口座を決められないなら、俺が決めてやるよ。〇〇商事。これがお前の口座だ。パスワード変えておけよ」
こんなに怖い顔のナオトを今まで見たことがない。

逃げられない……。

アサコは震える手でスマホを操作して、パスワードを変更した。


「で、身代金っていくらなんだ?スーパー金持ちのお嬢様だ。100万ってわけにはいかないよな」

ナオトが頬杖をついて考えていると、アカリが言った。

「五千万」

その言葉にアサコはポカンとする。

ナオトも自分で考えて、それをアカリが思いつき、計画を練るようには仕向けたけれど、そんな高額が口に出るとまでは想像もしていなかったから驚いた。

「何よ。スーパー金持ちなんだから、そのくらい提示して問題があるの?払うかなんかわからないし、これは遊びなんだから。取り分はそうね……、私たちは一千万。で、ユメの取り分は二千万。これならユメだって納得でしょ?私たちの倍額なんだから」

2人が黙り込んでしまっているのを見て、アカリがため息をついた。

「あのね?あの子のワガママのための『遊び』でしょ?別に本気で支払うなんて思っていないわよ。親がいなくなった娘を心配して会いに来たらそれでいいんでしょ?それがゴールなんでしょ?親が駆けつけるために身代金まで請求するんだから、あの家だと、このくらいの金額じゃないと逆に失礼だわ。スーパー金持ちなんだから。あくまで『遊び』よ。心配して駆けつけたら解放すればいい話。報酬はこの架空口座でいいわよ、誰にも内緒で貯金できる口座を貰えたんだし」

「も、もしもだけれど……、支払ったらどうするの?」

アサコが震える声で言う。

それを見てアカリはニヤリと笑う。

「ありがたく貰えば?五千万くらい、あの家なら別に問題ないんじゃない?」

これは想像よりも大規模なことになりそうだ……。

俺も暇つぶしの『遊び』だと思っていた。

架空口座を貰い、欲しいギターはいざとなればユメに買わせるように仕向けようと思っている。

アカリの言う通り、架空口座が報酬で十分だと思っていたけれど……。

かなりヤバイことになるかもしれない。

万が一、アサコの言う通り、新山家が支払ったら……、もう、これは遊びではない。俺たちが犯行を企てて、実行したと警察にでもバレたら、少年院どころでは済まないかもしれない。全国ニュースになってもおかしくはない。

さすがに言い出しっぺのナオトも生唾を飲み込んだ。



「さて……、入念に計画を立てるわよ?『遊び』だけれど、どうせなら本気で遊ぼうじゃない。何をビビっているの?ユメのワガママを叶えるんでしょ?私たちは『仲間』なんだから」

アカリは嬉々として計画を考え始めた。



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