勇者四男冒険記
第0章.繭紬

 赤や緑の星が光る夜空に、戦士たちの雄叫びが木霊する。焼け落ちた民家や折られた街頭が暗闇を引き立たせている中、真っ赤な松明の炎が列を為して進んでいくのが眩しく見えた。
「急げ!勇者ヌル様はもう魔王グラウザムを討ち取っておられるはずだ!」
 先頭を進む天馬の騎士はそう叫び、槍を古びた城に向けて掲げた。とがり屋根が並んだその城には下級から上級まで、ありとあらゆる魔物が騎士たちの軍勢を追い返さんとばかりに並んでいる。しかしその大半は羽が取れ、腕が折れ、片足を引きずっている状態だ。一方騎士たちが引き連れている軍勢はみな五体満足で屈強なうえ、頭のてっぺんからつま先まで重厚な鎧で固められている。少しでも魔法に詳しい者が見ればその鎧が特殊な呪文で強化されたものであることが容易にわかるだろう。
 そんな様子を城の小さな窓から覗き見て、ため息をついた者がいた。
「……もう、望みは潰えたのですね」
 上品なロングドレスに身を包んだ魔物はそうつぶやき、がくりと視線を落とす。山羊のような角に巻かれた細い鎖がシャラ、と音を立てるのが合図だったかのように、部屋の中に控えていた2、3人の魔物がさめざめと泣き始めた。
「女王様。そろそろお覚悟を……」
 フードを深くかぶった老齢の魔物が、杖をつきながら彼女に歩み寄る。その左手には大きなピンク色の卵のようなものが抱えられていた。女王と呼ばれたその魔物はこくり、とうなずき、そっとその卵を受け取る。
「わたくしの魔力と、残りの命。すべてをこの子に託します」
 そう言った瞬間、彼女の胸から銀色に光る糸がするすると伸び始めた。糸は卵を守るように徐々に絡みつき、繭のように包んでいく。一番年若い魔物はその光景に心を動かされたのか、泣くのをやめてじっと女王と卵を見つめた。
「美しかろう?」
 老齢の魔物にそう言われ、若い魔物はこくりとうなずいた。
「そうじゃろうて……あれは魔王族のみに伝わる呪文、“繭紬(まゆつむぎ)”。その者の命をすべて使い、我が子を守る慈愛の魔法じゃ」
「命を?でも、女王様は……」
 若い魔物はそう言いかけて、ハッとした顔で口を覆った。その間にも女王の“繭紬”は徐々に進み、まるで鳥のような翼を形作りつつあった。女王は震える手で繭を窓枠に置くとそっと口付ける。
「どうか、あなたが立派に育ちますように」
 その言葉に応えるように、卵を包んだ繭はふわりと翼を広げ、ばさばさと夜空へと飛んでいく。女王は繭がかすかに放つ光が見えなくなると優雅に木の椅子に腰かけ、目を瞑った。
「女王様、御立派な最期でございました……」
 老齢の魔物はそうぽつりとつぶやく。侍女たちの歎きと益荒男の雄叫びが響く中、女王の体は徐々に熱を失い、冷たく硬くなっていった。 
< 1 / 5 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop