冷酷御曹司と仮初の花嫁
「ただいま戻りました」

 麗奈さんの優しい微笑みと、心をくすぐるような甘い声に私は安心してしまう。そして、スッと立ち上がって麗奈さんはお客さんのいる中を歩いてきて、私の手をそっと持つと両手で包んでくれた。

「疲れたでしょう。このまま、帰ってもいいけどどうする?」

 千夜子さんの店では殆ど何もせず、佐久間さんと一緒に食事をしてきただけだったから、身体は疲れてない。でも、精神的には疲れていた。でも、このまま自分の部屋に帰ったら考えすぎてしまうだろう。

 それなら、ここで自分を取り戻してから部屋に戻ろうと思った。

「いえ。働きたいです。いいですか?」

「もちろんよ。今日は思ったよりもお客さんが多いの。だから、無理しない程度に頑張ってくれると助かるかな。陽菜ちゃんのサンドイッチも今日は一段と売れているから追加をお願いするかもしれないわ。 でも、きつくなったら、いつでも言ってね。無理はして欲しくないの」

「ありがとうございます。麗奈さん」

 カフェの控室に入ろうとすると、丁度、コーヒーをドリップしていた碧くんと目が合った。碧くんはニッコリと笑うと、首をクイッと動かし、視線をカウンターの奥に向けた。そこには淹れたてのコーヒーが入ったカップが置いてあった。お客さんのを淹れるついでに私のも淹れてくれたようだった。

『ありがと』

 私が口を動かしてそういうと、碧くんは口角を上げ、微かに頷く。 

 私はカウンターから、コーヒーの入ったカップを持って控室に入ると、椅子に座り息を吐く。佐久間さんと出会ってから溜め息の数が増えている。コーヒーを飲みながら、佐久間さんの申し出を受けるということは、この場所とのお別れの時期も来ていることに気付いた
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