うそつきアヤとカワウソのミャア
 昼休み、前や横の席に女子三人が弁当を持って集まる。
 私も含めて四人での昼食は、端から見れば仲の良い光景だ。
 でも実際は隣の遠藤さんが主体のグループに、居候しているに過ぎない。

 独りで食べたって構わないけれど、ボッチを気取るほど人嫌いではなかった。
 ただ、この遠藤さん、ちょっとお節介焼きなんだよね。

「綾月さん、また購買の菓子パン?」
「朝は忙しかったから」
「栄養が偏るよ。私のフルーツ分けてあげよっか」
「いいって。あんまり食欲無いし」
「遠慮なんてよしなよ。リンゴ、ウサギ型に切ってきたんだ」

 タッパを開けた彼女は、得意げにウサギリンゴを見せてくる。
 耳だけじゃなく、ゴマで小さな目、海苔でヒゲまでついていた。
 味より見た目が最優先とは恐ろしい。

「私はほら、四月生まれでしょ」
「あー、そうだったね。一日だから、ギリで同学年だったっていう」
「だから、ウサギは食べられないんだ。四月は卯月(うづき)って言うじゃん。あれはね――」

 冬陽(ふゆび)の弱い光が、教室へ差し込んで揺らめく。
 皆の足元を縫って、オレンジ色が瞬いた。

「どうしたの?」
「なっ、何でもない」

 いいや、大有りだ。
 遠藤さんの席より、さらに廊下側へ二列離れた女子グループ。
 その彼女たちがくっつけ合った机の下に、こちらを眺める顔があった。

 首を縦に振っているのは、何かの合図か?
 カワウソ式のコミュニケーションか?
 知らないから。
 私にカワウソの知り合いなんていないから。

 遠くて見づらいものの、こんな場所にいるカワウソはミャアくらいのものであろう。
 未だかつて、学校でカワウソなんて見たことないもん。
 いてたまるかっての。

 机の陰から出たミャアは、私に背を向けたかと思うと、今度はピョンピョンと跳ね始めた。
 なんの儀式かと、(しわ)跡が残る勢いで眉根が寄る。
 机に手をかけてジャンプし、最高点に到達すると同時に大きく左右に頭を回す。

 しばらく観察した結果、なんとなくカワウソの意図が推察された。
 このオレンジ妖怪、どうもみんなが何を食べているのかを覗いているようだ。

 女子グループから移動し、男子の二人組に近づいて、また垂直跳び。
 キウイを食べる安原さんの横では棒立ちして、口に運ばれるフォークに合わせて首を動かしていた。
 口を大きく開けて、だ。
 光っているのは、(よだれ)じゃないよね。
 違うって言って。

 なんて(いや)しいカワウソなんだ。
 さすが妖怪と褒めるべきなのか。
 妖怪クレクレキウイ、弁当の時間に出現して、いつの間にか盗み食い――。

 ああっ、ほんとにつまみ食いしたよ、今!
 なによ、嘘はダメで、安原さんのキウイを食べるのはいいわけっ!
 食事は要らないとか言ってたくせに。

「――月さん、綾月さんってば!」
「え、あっ」

 急に黙った私はかなり不審だったみたいで、頭痛がしたという苦しい言い訳にも妙な視線を返される。
 大丈夫、大丈夫とそれだけ繰り返し、以降は会話に参加せずに黙々とパンを食べた。
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