うそつきアヤとカワウソのミャア
 勝巳は優柔不断なだけなのでは。
 自分では決められず、私へ丸投げしたダメな男に思えてくる。
 デリカシーにも欠け、上っ面で適当に喋り、今もこうやって私の傷に塩を()り込んできた。

 二人とも合格したら、こんな関係をさらに四年は続けることになろう。
 昨日までは、話しやすく好ましい友人だと感じていた。
 いざ決断を迫られると、それが正しいのか自信を持てない。

 そもそも、私はカウンセラーになりたいのか。
 いっそ進学を機に全部一新して、やり直したっていい。
 リセット願望――やけっぱちな、しかし暗い魅力を感じる誘惑が首をもたげる。

「勝巳の好きにすれば」
「じゃあ!」
「私は私。もうカウンセラーなんて――ぎいぃっ!?」

 (すね)を襲う痛撃に、周りが振り返るほどの悲鳴を上げた。
 今回は一発のみ。
 だけどその一発を、ミャアは渾身の力で放った。

 足元を睨みつけると、ファイトポーズのカワウソと目が合う。
 シャドーボクシングの如く前脚を交互に繰り出し、なんならもう数発お見舞いしてやろうという勢いだ。

 力を篭めすぎだろう。
 痣になったらどうするのよ、この馬鹿ウソ!

「アヤ?」
「足が()った」
「そりゃまた……、大丈夫?」

 当座凌ぎの言い訳でも、勝巳は疑いもせずに私を心配した。
 裏表が無く、何だって信じる。
 それを浅はかと取るか、正直者と取るかは、私次第ってこと。

 あまりの痛さに、ほんの少し頭のモヤが晴れた。

「前よりボーダーラインは上がるよ?」
「覚悟の上だ。ここから二月まで、英語を三十点は上乗せしてやる」
「四十点ね。古文も」
「こ、古文かあ。いいや、オレはやる。見とけよ、土壇場の逆転劇を」
「はいはい」

 別れ際には私も微笑む余裕が生まれ、一時(いっとき)の黒い感情は心の奥底に仕舞われた。
 店の前で「また月曜日」と手を振る私を、勝巳はまだ帰らないでくれと呼び止める。

 口をパクパクさせる様子のおかしさは、先ほどの比ではない。
 これはいよいよアレか? と、期待と動揺をないまぜにして、彼の言葉を待った。

 もう少し雰囲気のある場所がよかったけれど、贅沢は言うまい。
 勝巳だもの。

「アヤ、あのっ」

 ほら、早く言いなさいよ。
 それが最優先の用件でしょ?

「えーっと。ごめん、なんか緊張しちゃって……」

 こっちが緊張するわ。
 駅を行き交う人が、チラチラ私たちを見て行くのが恥ずかしい。
 大して気に留めていないのだろうが、針のムシロに乗せられた気分だ。

「アヤ」

 おうっ。

「メリークリスマス!」
「はあぁっ?」

 決め台詞と同時にバッグから小さな箱を出し、私へと差し出した。
 何を喜ぶか分からなくて、ガラスのペーパーウエイトにしたとか。
 アーリー・クリスマスに間に合ってよかった、とも言っていた。

 手を振って去っていく勝巳を見送りながら、虚無感で力が抜けていく。
 どうしてくれよう、この男を。

 まあ、先は長いのか……。
 リボンの付いた箱を片手に、私はスーパーへと歩き始めた。
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