うそつきアヤとカワウソのミャア
「今年のクリスマス、一週間早いんだってね」
「え。マジ?」

 相変わらず、勝巳は躊躇無く食いついてくれた。
 紗代は既に胡散臭い眼差しを向け、鼻の頭を摘んでいる。
 これが彼女の警戒ポーズ。
 騙されてやるもんかという、私への威嚇も兼ねていた。

「太陰暦だった頃の名残りでね、今だと少しずつ実際の日付とズレるんだって」
「へえ」
「だから、七十年に一度、調整のためにアーリー・クリスマスになるんだよ」
「なるほど」

 無茶苦茶だ。
 信じる方がどうかしているけど、そこはほら、鍛えられた話術の力で、ね。

「プレゼントとかも前倒しになるみたいだし、予定があるなら気をつけなよ」
「おうっ」

 フヒヒ、たっのしいー! 
 これが通用するのだから、勝巳を騙すのはやめられない。

 紗代の鼻は、ちぎれんばかりに潰されていた。
 彼女を騙すのなら、もっとハイレベルな嘘が必要だろう。
 それはまたの機会というタイミングで、電車が到着し、私たちは帰路に就いた。

 二駅目で勝巳が手を振って別れ、三駅目で私と紗代も降りる。
 二人並んで駅前の信号が青に変わるのを待っていると、紗代が何か言いたげにこちらへ向いた。

「なに?」
「あの、勝巳ってさ……」
「説教? 可愛らしい嘘じゃん」
「自分で言わないでよ。まあ、あんなので騙されるのが悪いけど」
「でしょ。生活の潤いよ。潤滑油ってヤツね」

 度々小言を聞かされたものだから、この時も文句を言われるのだと考えた。
 でも、それは早とちりだったみたい。
 横断歩道を渡りつつ、彼女は衝撃的な発言を繰り出してくる。

「勝巳って、アヤちゃんが好きだと思う」
「は? はあぁ!?」
(そば)で見てると、分かるよ。今日もすごく楽しそうだったし」
「……やるな、紗代。そんな高度なワザヲ、ツカッテクルトワ」
「ちょっと真似しないでよ。鼻摘んで喋らないで!」

 仲がいいから好きっていう発想は、短絡的すぎる。
 それじゃあ、しょっちゅう国語の問題を紗代に解かせる山田くんは、彼女が好きだってことに……。

 ……好きかもしれない。脈は皆無なのが悲しいけど。
 いや、山田くんはいいんだ、山田は。

 勝巳は平凡な外見だけど、笑顔が基本の爽やか男だ。
 モテモテとまではいかなくても、それなりに女子人気はあると聞く。
 男女隔てず気安く喋る性格で、だからこそ私もイタズラの対象にしてきた。
 怒ったところなんて、見た覚えが無いしね。

 彼とよく喋る女子は、私の他にいくらでもいるし、紗代の勘繰り過ぎだろう。
 彼女も確証があるわけでなし、適当に反論し合ううちに、交差点でお互いに別の道へ就いた。

 恋愛とは縁遠い上に、受験の方がよほど心を占める。
 夕食、風呂、問題集のおさらいと夜を過ごしている内に、勝巳の話なんてすっかり頭から追い払われた。
 ん、正直に言えば、爪の先くらいは意識に上ってたかも。


 深夜、日付が変わって三分後、暖房を切ってベッドへと潜り込む。
 冬も本格的になってきたため、しばらく布団が冷い。

 恋愛どころか、覚えたての単語まで吹っ飛んだのは、その半時間後のこと。
 縮こまらせた身体へ、ほんのりと暖気が忍び寄る。

 最初は温かく、いつか食べた鯛焼きを思い起こさせた。
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