ズルくてもいいから抱きしめて。
私はカフェで、ある人と会っていた。

「姫乃(きの)ちゃん、久しぶり!」

「高木さん、お久しぶりです。お忙しいのにお呼び立てしてすみません。」

高木さんは有名な写真家で、6年前突然私の前から居なくなった元彼の師匠をしていた。
彼の行方を探すために何度か高木さんの元を訪ねたけれど、結局分からず仕舞いで、それ以来会うのは6年振りだった。

「突然、姫乃ちゃんから連絡が来て驚いたよ。それで、聞きたいことって何かな?」

突然の連絡だったにも関わらず、高木さんは優しく尋ねてくれた。

「実は、写真家の“shin”さんとお会いしたいんです。高木さんはこの業界で有名ですし、何か情報があるはずだと思って!」

私がそう言うと、高木さんが一瞬目を見張ったのを感じた。

「その様子だとご存知ですよね?」

私は高木さんに詰め寄った。

「ん〜まぁ、一応知ってるよ。でも、どうして会いたいの?」

高木さんは少し困ったように答えた。

「私が出版社に勤めているのはご存知ですよね?実は、写真家の“shin”さんの写真集を企画したいと思っています。でも、全く情報が無くて、、、。」

「それで助けて欲しくて俺に連絡してきたわけね。でも、難しいんじゃないかな?姫乃ちゃんも知ってると思うけど、彼はそういうの一切お断りしてるからね。」

高木さんが難色を示すのは当然のことだった。
“shin”はあるフォトコンテストで大賞に選ばれて注目を集めた。
しかし、表彰式には出ず、今まで一切メディアの前に顔を出したことがない。
とても話題になっている写真家なので、どこの出版社も躍起になって動いているけれど、今だベールに包まれたまま情報だけが錯綜していた。

「私、彼の写真がとても好きなんです!彼の写真を観ていると心がホッコリして、とても温かい気持ちになるんです。彼の写真をもっと観てみたいし、もっとたくさんの人にそれを知ってもらいたいんです!」

私はどれだけ“shin”の写真が好きかを高木さんに伝えた。

高木さんはしばらく考え込んだ後、何かを決心したようにこちらを見据えた。

「姫乃ちゃんの気持ちはよく分かったよ。もうすぐ彼がシークレットで個展をすることになってるんだけど、そこに行ってみると良いよ。ただ、会えるかどうかは保証できないよ。」

「ありがとうございます!」

個展について詳しい情報を聞き、私たちはカフェを出た。

「今日は本当にありがとうございました!高木さんに連絡してみて良かったです!」

「うん、お役に立てて嬉しいよ。まぁ君にとっても彼にとっても一度会っておいた方が良いと思うから、、、。じゃあ、また何かあればいつでも連絡してね!」

そう言い終わると、高木さんは片手を上げてバイバイと言って去って行った。

高木さんを見送った後、私は嬉しくて今にも飛び跳ねてしまいそうなのを必死で我慢していた。
写真集に一歩近付けた気がして、最後に高木さんが言った言葉の意味を深く考えていなかった。

もしあの時に気付くことができていたら、もっと冷静でいられたのかもしれない。
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