青春ゲシュタルト崩壊




 今までモヤがかかったように思い出せなかった私の顔。けれど画面を見ると、これが私の顔だとはっきりとわかる。


「っ治ったんですか!?」

 慌てるように中条さんが携帯電話を操作すると、待ち受けとは違っている画像を私に見せてきた。


「先輩、写真! 見てください!」

 それは中条さんと初めてふたりで撮った画像だった。中条さんと比べると私の表情がかなりぎこちない。


「私、笑うの下手すぎ」

 思わず苦笑してしまう。自分では気づかなかったけれど、こんなに不自然な顔をして笑っていたみたいだ。


「それって……治ったってことですよね!?」

 席を立った叶ちゃん先生が、期待と不安が入り混じったような表情で私の前に手鏡を持ってきてくれる。


「確認してみて」
「……はい」

 画像は見えたとはいえ、実際に鏡を見ることに躊躇いがある。もしも見えなかったら……私はまた精神が乱れてしまうかもしれない。

 覚悟を決めるように深呼吸をして、手鏡を自分の顔の方へと向ける。


「————っ」

 あの日、見えなくなった自分の顔が、両手に持っている鏡の中に映し出されていた。


「私、だ。……私が見える」

 のっぺらぼうなんかではない。間宮朝葉の顔が、認識できる。
 青年期失顔症が治ったのだ。


「朝比奈くん」

 咄嗟に隣に座っている朝比奈くんに声をかけると、珍しく微笑んでくれる。

「よかったじゃん」
「ありがとう」
「すっげぇ顔して泣いてんな」

 止まったはずの涙が再び溢れて、私は笑いながら泣いてしまった。


 一応治ったものの、中条さんと同じで時折叶ちゃん先生のカウンセリングを放課後に受けることを勧められた。というのも、治ったとはいえ精神面が揺れると再発してしまう人もいるらしい。
 私の場合は、バスケ部のことが大きく関係していたので、おそらくは再発はしないだろうけれど、しばらくは気をつけておいた方がいいそうだ。



「ところで、先輩方!」

 相変わらずの明るいテンションで中条さんが勢いよく、机を叩く。


「うっせーな。物を大事にしろ」

 口が悪いものの机の心配をしている朝比奈くんに笑ってしまうと、横目で睨まれた。

「私、中条月加は部を立ち上げることにいたしました〜!」
「部?」

 いきなりの発言に呆気にとられる。そういえば、中条さんは今のところどこの部にも所属しておらず、帰宅部らしい。


「とはいっても、非公認の部ですよ〜。公認の部となると、手続きとか色々大変ですし、年度始めでないとダメらしいので」
「それでなんの部なの?」

 私の問いかけに、何故か叶ちゃん先生と中条さんが視線を合わせて、にやりと笑う。ふたりでなにか企んでいるのか、警戒した様子の朝比奈くんの表情が硬くなる。


「青年期失顔症に関する、お悩み相談の部です!」

 自信満々に発表する中条さんに、叶ちゃん先生が大袈裟なくらい拍手をした。完全に私と朝比奈くんだけ置いてきぼりだ。


「なんのために、そんな部を作るんだよ」
「実際に発症して思いましたけど、同じ悩みを抱える人に話を聞きたいときもありますし、ひとりで抱えがちになるじゃないですか」
「……私も実際、ネットで同じ悩みを抱えている書き込みとか、結構検索した」

 中条さんの言っていることも理解できる。経験談などがあったからこそ、安心できることもあり、自分だけではないと思えた。身近な場所で、匿名で相談ができるのであれば、心強いかもしれない。


「だから! SNSを立ち上げて、さらには保健室の前に相談BOXを置かせてもらう許可も叶ちゃん先生にもらったんで、そういった悩みに寄り添う部を発足したいんです!」

 目をキラキラと輝かせながらが声高らかに宣言する中条さんに、朝比奈くんはげんなりとしたように頬杖をつく。


「勝手にやれば」
「ええ、いいんですか? 部長」
「っ、誰が部長だよ!? 勝手にふざけんな!」
「安心してください。私はいつだって本気です!」

 朝比奈くんを見事に巻き込んでいく中条さんと、それを微笑ましいものでも見るように眺めている叶ちゃん先生。これはきっと朝比奈くんは回避不可能なのではないだろうか。


「ちなみに副部長は間宮先輩で、私は雑用係です」
「えっ」

 私も巻き込まれることは覚悟していたけれど、まさかの副部長という役職つきらしい。いったいどんなことすればいいのだろう。

「おい、お前が一番楽そうなのはなんでだ、立案者」
「私はSNSやBOXの管理をしますよ! それによく考えてください。私がうまい言葉を言えると思いますか? 炎上しますよ」

 堂々と話し、腕を組んでいる中条さんに朝比奈くんが呆れたように顔を顰める。


「じゃあ、そもそもやるな」
「いいえ、もうすでにアカウントを取得しました。安心してください。本名はみんな明かしません」
「話を勝手に進めんな」
「朝比奈先輩の知識と力があると心強いですね!」
「あのなぁ!」

 流れるように話が進められていく。中条さんの暴走っぷりに、朝比奈くんのツッコミが追いつかない。


「まあまあ、私もサポートはするから」

 叶ちゃん先生が朝比奈くんを宥めるように言うと、悪い笑みを浮かべる。

「ね? 聖」
「めんどくせぇ」
「へえ? 間宮さんの前で全部いっちゃおうかな。首を突っ込んでいた理由」

 勢いよく椅子から立ち上がった朝比奈くんが、「やればいいんだろ!」と叫ぶ。私になにか隠したいことでもあるのだろうか。


「ねえ、今のなんの話?」
「うるせー、副部長として俺にこき使われるの覚悟しとけ」
「ええ、早速部長怖いんですけど」

 威圧感たっぷりな睨みをきかされるけれど、相手が朝比奈くんなので怖くはない。苦手だったはずなのに、青年期失顔症になったことによって、随分と距離が縮まった。


「ということで、これからもよろしくおねがいします!」

 中条さんの挨拶に、朝比奈くんが心底嫌そうに顔を歪める。


「素直じゃないわよねぇ。嬉しいくせに」

 叶ちゃん先生は、ひょっとしたらどこかずれているのかもしれない。どう見ても、朝比奈くんは不機嫌そうだ。だけど、朝比奈くんや中条さんたちと、またこうして過ごせるのが嬉しい。


「そうだ。朝比奈くんは今日も自転車?」
「そうだけど」
「やったぁ」
「おい、やったぁじゃねぇよ。道路交通法違反」

 今日は新しい部に関して、色々と話し合いをすることになるはずだ。

 夕方になったら、私も朝比奈くんと一緒に帰ろう。
 共犯じゃなくても、隣を歩きながらだっていい。



 あの日の放課後を思い返しながら、私は笑った。







<間宮朝葉篇 了>
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