婚約破棄するはずが、一夜を共にしたら御曹司の求愛が始まりました
 彼が、本来ならとても手の届かないハイレベルな男だってことはよくわかっている。

(大体、宗くんのことだって、すべて知ってるわけじゃない……)

 紅の知っている宗介は、彼の一面でしかないのだろう。
 現に、あの夜、なぜ彼があんなことを言いだしたのか紅にはさっぱりわからない。彼の本心が紅には見えない。

「せっかく持ってる砂金粒を、わざわざ砂漠に投げ捨てることないと思うけどね~。お金持ちってだけじゃなくて、あんなに紅を大切にしてくれる人なかなかいないと思うよ?」

 玲子にだけは宗介を紹介済みだった。何度か三人で食事をしたことがある。男を見る目が厳しい玲子も素敵な人だと絶賛してくれた。

「あんないい人を傷つける必要ある?」
「傷つくって……宗くんが?」
「そりゃ傷つくでしょ、婚約破棄なんて」
「話したことなかったっけ? 親が勝手に決めたことなのよ。やっと解放されたって、せいせいしてると思う」

 そもそもが軽い口約束みたいな婚約だったのだ。なにせ当時の紅は中学生だ。宗介も本気になどしていなかったはずだ。それが、あんな事件があって……貧乏になったから捨てるなんて、宗介と桂木家のほうからは言い出しにくくなってしまったのだろう。もっと早く紅のほうから言うべきだったのだ。それなのに、彼の優しさにずるずると甘えてしまった。紅が頼れるのは、宗介だけだったから。
 
「そうかなぁ~。優しい人だけど、賢い人でもあるよね。嫌だったらとっくに自分から破棄を申し出てたんじゃない? 結婚なんて大事なことを、情に流されて決めるタイプには見えないけど……」
「ああ見えて情に弱いのよ、彼」

 紅は寂しげな笑みを浮かべた。宗介が自分との婚約を維持してきたのは、情にほかならない。そのことは紅が一番よくわかっている。
 





 



 
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