君といた夏を忘れない〜冷徹専務の溺愛〜
1 プロローグ
 蝉の声で耳が麻痺しそうだ。
 眩しすぎる太陽の中を、必死に駆けている。ジリジリと肌が焼けていく感覚にも構っている暇はない。

──間に合わないかも!

 既に汗だくで、お気に入りのワンピースが身体に張り付いてしまっている。
 必要最低限しか入れていない小さなショルダーバッグだが、今は足を踏み出す度に体にぶつかって邪魔だ。
 彼が好きだと言った、この長い髪も。

 だけど必死に走るしかない。間に合わなければ。走って走って。

 やっと路地から大きな通りに出た。あの歩道橋を渡って、そこからタクシーに乗ろう。きっと間に合う。そう思って歩道橋の階段を駆け登る。

 1秒でも早く彼の元へ向かわなくちゃ。きっと私を待っている。彼に会って言わなくちゃ。

 彼はきっと驚くだろう。怒るかもしれない。
 だけど、どうしても、どうしても今、彼に会って伝えなくちゃいけない。愛おしい、優しい瞳しか思い出せないけれど。会わなくちゃ。

でも……


──彼って……だれ?


 私は足を踏み外し、世界は反転した──

< 1 / 30 >

この作品をシェア

pagetop