君といた夏を忘れない〜冷徹専務の溺愛〜
2 お初にお目にかかります
 夢を見た翌日、私は始業前からデスクワークをしていた。
 私が勤めるのは、大手ホテルチェーン「城ヶ崎ホテル&リゾート」である。

 そこで私は、高林侑子(たかばやしゆうこ)部長の秘書を担当している。高林部長が出社される前に、メールの仕分け作業を済ませておくのが、毎朝のルーティンだ。

(ええっと、この取引先社長、2年前に代替わりされたのよね……)

 私には、3年前から2年前までの、1年間の記憶がない。
 幸い、仕事は記憶のない1年の間に部署移動などもなかったようで、仕事内容もほぼ変わらなかった。その為、直属の上司と仲の良い同期以外は私の記憶喪失については知らない。

***

「記憶喪失?」
「はい……申し訳ありません……」

 2年前。
 私には親族がいないので、転落事故の連絡は直属の上司である高林部長が受けてくれた。だが、記憶喪失と判明し、これ以上迷惑はかけられないと思った。

「転落直前の1年間の記憶が無いようです。いつ戻るかも分からないそうで……。職場の皆さんに、これ以上ご迷惑をおかけ出来ないと、思いまして……」
「……なーに言ってるの! 基本的なことは覚えてるんでしょ! 時事は新聞でも読み返したら大丈夫だし、それ以外のことは私がフォローするわよ!」
「でもっ!」

 秘書は記憶がものを言う。相手先の事業内容は勿論、好み、趣味、誕生日、家族構成。話題の種は過去の小さな記憶の積み重ねのはずだ。その不安を察してか、高林部長は続けた。

「貴女の手帳を読み漁りなさい。貴女は記憶だけに頼るような、馬鹿な秘書ではないわ。きちんとメモをして、記録しているはずよ」
「……!」
「大丈夫。一人じゃない。私がフォローします。貴女の居場所は私の秘書よ」
「……っ! あ、ありがとうございます……!」

 記憶があやふやで何が正しいか分からず、仕事を辞めようか迷っていた私を、高林部長が引き留めてくださった。

 記憶がない中、働くのはとても勇気が必要だったが、記憶と同じ場所で、記憶と同じ人と働けることはとても安心できた。

 1年間といえど、記憶がない間の変化は少しずつあって、得意先や新規事業のことを一から覚えていくのはなかなか大変だったが、部長のフォローに助けられながらなんとかやってきた。
 そうして記憶喪失から2年。私は必死に仕事にかじりついてきたのだった。
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