深海特急オクトパス3000
 
『L'AVENIR N'EST PAS UNE LANTERNE QUE L'ON ACCROCHE
SUR LE DOS POUR ECLAIRER LE PASSE.』 



「えっ?」



『背中に明かりを背負っている人の
 前途(ぜんと)真暗闇(まっくらやみ)



少女の謎めいたその言葉の意図(いと)がわからず、
僕は少女の方に振り替える。


室内の電灯は何回かの点滅を繰り返し、
完全に点灯していた。


明るくなった室内に少女の姿は(すで)になく、
無人と化したトイレで僕はただ1人、
たたずんでいた。


まるでそこには初めから存在してなかった(よう)に。


まるで幽霊のように跡形(あとかた)もなく。



  不気味な静寂(せいじゃく)



僕は鏡の中に閉じ込められた様な錯覚を覚え、
鏡に映らない位置で膝を抱えた少女が、
映ってないかのような妄想がよぎった。


僕は鏡の中の自分と再び手を重ねれば、
入れ代わるんじゃないかと言う妄執(もうしゅう)に囚われ、
鏡の中の自分に向かって手を伸ばしていた。


ひんやりとした鏡面(きょうめん)の感触。


だが何の変化もなく、
ただ鏡に向かって手をつく女性(自分)が、
映っているだけだった。


僕は自分の頬や唇を触って、
鏡の中の女性(それ)が自分だと確かめていた。


何が現実でなにが妄想なのか、
わからなくなっていた。


まるでペンローズの(無限に続く)階段を登っている(よう)な、
疑心(ぎしん)に囚われている自分に気づく。


その疑念(ぎねん)は加速していき、実はここは鏡の中で、
鏡に映らない全ての人が消えさり、
車内は無人になっている気さえしてきた。


僕はその疑心(ぎしん)の真相を確かめるべく、
固く閉ざした扉を開いた。

 
薄暗かった通路は明るく照らされ、
全面ガラス張りの深海パノラマを、
(あざ)やかに彩っていた。


誰かが何事も無いように僕の前を通りすぎ、
死体の転がる車両の扉を開いて、
その中に消えていった。


僕は通路に出て呆然(ぼうぜん)とその様子を(なが)めていた。


夢でも見ていたのかと思えるほど、
その景色は様変(さまが)わりしていた。
 
 
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