耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー
エピローグ



藤波家の玄関引き戸が、いつもと変わらない年季の入った音を立てる。
家の中はシンと静まり返り、物音ひとつない。出迎える者はない。

けれど代わりに、ふわりと良い香りが怜を出迎えた。

出汁の利いたおでんの香りと、ふんわりと焼き上がったスポンジの甘い香り。
それはまるで、“家”が「おかえりなさい」と言っているようで———

玄関の中に入り、ゆっくりと戸を引く。ガラガラガラといつもの音を立て閉まった。


「ただいま帰りました」
「ただいま」

隣から同時に同じ言葉が聞こえて見下ろすと、美寧も怜を見上げている。どうやらそれも同時だったようだ。思わず二人で小さく笑い合った。

「おかえり、れいちゃん」

柔らかな微笑みを浮かべた美寧が言う。
桃色に薄く染まる頬を持ち上げ、子猫のような丸い瞳を細めたその笑顔は、どんな花より美しい。
そのまばゆさに怜は瞳を(すが)める。そしてゆっくりと口を開いた。

「おかえりなさい、ミネ」

美寧は嬉しそうに「ふふっ」と笑ってから、もう一度「ただいま、れいちゃん」と言った。

にこにこと嬉しそうに笑う美寧にゆっくりと顔を近づけると、合わせるように美寧が瞼を下ろしていく。

ビー玉のように丸く大きな瞳を、長い睫毛が覆っていくのを、スローモーションのように見つめながら、怜は思った。

こんなふうに、当たり前の言葉が当たり前に続く日々を、二人で重ねていきたい。
いや、重ねていくのだ———ずっと。

美寧の瞼が完全に下ろされるその直前、互いの唇が触れるか触れないか、の場所で怜が囁く。

「愛してる———俺の美寧(ma minette)

怜は美寧の唇に、自分のものを柔らかく重ねた。









【 完 】
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