耽溺愛2-クールな准教授と暮らしていますー
話している台詞の途中で重ねられた言葉に、美寧は思わず目を丸くする。

「ナギはそういう距離感が絶妙で、許可なくあれこれ触ったり気軽にキッチンのものを使うことをはありませんでした。ですが、それも恋人同士になってくるとまた少し違っていて……」

怜は少しだけ考え込むように黙ってから、こう言った。

「両親が生きてた頃、よくここで一緒に料理を作ったんです。母は料理がとても上手で、そんな母に教わりながら色々なものを作りました。休日はそれに父も参加して……料理が不得手な父は失敗だらけで、母と二人で笑ったり助けたりしながら、三人で料理をしていたんです」

一旦言葉を切った怜が、「子どもの頃の良い思い出です」と付け加える。そして続けて言った。

「だからでしょうか。俺の父母が建てた家、ということもありますが、この場所はいつまで経っても“父と母”のもので、それをたとえお付き合いしている女性にでも踏み込まれたくは無かった……今まで考えたことはありませんが、そういうことだった気がします」

最後にそう言った怜の瞳が、どこか遠くを見ている。
失ってしまった日々を懐かしむような哀しむような、そんな目で———

美寧は痛いほどに胸が締め付けられて、居ても立ってもいられず怜の体に腕を回した。

「ミネ?」

名前を呼ばれたけれどそれには答えず、返事の代わりに怜の腰に回した腕にぎゅうっと力を込める。スラリと細く見える体は、意外と硬く逞しい。

美寧が辛かった時苦しかった時、何度もこの胸と腕に抱きしめられ励まされてきた。美寧も同じように怜を励ましたかった。

「私、いつも失敗ばかりだけど、もっと上手に出来るようになるから………だから、これからは一緒にいっぱいお料理させてね」

失ってしまった家族との思い出の代わりにはなれないけれど、これから一緒に新しい思い出を作っていくことは出来る。
彼の家族との思い出を大事にしながら、少しでも楽しい記憶を増やしてほしい。
そんな気持ちを、彼の腰に回した腕にぎゅっと込めた。

怜はかすかに瞳を揺らした。そして、嬉しそうな、それでいて少しだけ困っているような、そんな顔で微笑んだ。

「そうですね。これからは一緒にたくさん料理をしたい………あなたと」

そう言うと、怜は自分を見上げる猫のような丸い瞳の恋人の頭を、そっと優しく撫でた。




【第四話 了】 第五話につづく。
< 94 / 427 >

この作品をシェア

pagetop