年下ピアニストの蜜愛エチュード
「表に出て、ちあちゃんを待とうよ」

「……順?」

 千晶が声をかけた時、笑顔の順が門から顔を出した。

「ちあちゃん、お客さんだよ」

 続いて長身の青年が姿を見せた。

「千晶」

 最後に見た時より少しやせて、髪も伸びていたが、そこに立っていたのはまぎれもなくアンジェロだった。

        *     *     *     *     *

 十数分後、千晶は家の近くにあるカフェで、アンジェロと向き合っていた。

 アイスグレーのシャツと黒のデニムという地味な格好ながら、その容姿は人目を引き、居合わせた客たちがチラチラと視線を向けてくる。

 しかし当のアンジェロは、いったいどういう表情をすればいいのか迷っているように見えた。話があるからと呼び出されたのだが、エスプレッソを注文した後はずっと黙ったままだ。

「元気そうでよかった」

 千晶もそう口にしたものの、あとは言葉が見つからない。

 ――どうしてここがわかったの?

 ――手紙を読んだのね?

 ――私に話って何?

 訊きたいことはいくつもあったが、すでに答えはわかっていた。

 実家の住所を教えたのは、間違いなく健診センターの田崎だろう。

 看護師長を務める彼女には退職に当たって本当の理由を打ち明けたが、逃げるような別れ方に対して強く反対された。ちゃんと話し合って決着をつけるべきだというのが、田崎の主張だった。

 また千晶はアンジェロに内緒で、マネージャーの西村に別れの手紙を託してもいた。演奏旅行の日程が無事に終わったら渡してほしいと頼んだのだ。

 最後のリサイタルが四月三十日だったから、アンジェロはそれを読み、帰国して千晶を訪ねてきたのだろう。
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