ふたりぐらし -マトリカリア 305号室-


「おい! どういうことだよ樫葉ぁっ」


突然後ろから飛んできた声と衝撃によって、俺の指は、本来の目的であったボタンの、ひとつ隣のボタンに触れてしまっていた。

ガコン、と目の前の自動販売機が音を立てる。

取り出した缶に表記された『ミルクたっぷり』の文字に、顔をしかめた。

そんな俺の地味にショックな出来事に気づきもしない萩原は、背中にひっついたまま、耳元に口を寄せてくる。


「お前、いつの間に彼女と同棲してたんだよ」


投げかけられた質問に、俺の額の皮がさらに縮まった。


「……は?」

「ったく。やることやってるなら俺にそう言えよなあ、水臭い」

「ちょっと待て。……なんの話」


手のひらを見せて制止すると、萩原はムフフ、という擬音が似合いそうな笑顔を作った。
< 180 / 405 >

この作品をシェア

pagetop