ふたりぐらし -マトリカリア 305号室-


「——この、ばかっ」


男に触れられ、連れて行かれそうになっている愛花の体を、俺は思いきり引き寄せた。

倒れるように飛び込んでくる体をうけとめる。

追い払うように鋭い視線を向けると、目の前の男は退屈そうに去っていった。


「おい」


低く呼びかけると、愛花は小さく肩を揺らした。


「お前、なに考えてんの」

「……おーちゃん」


振り返った瞳が、少しの怯えを含んで大きくなる。

愛花の顔を見た瞬間、全身の力が抜けていくのを感じた。


——無事でよかった。


あと一歩見つけるのが遅かったらと考えただけで、気がおかしくなりそうだ。


もしお前になにかあったら……俺は、どうしたらいいんだ。

……頼むから、変な真似しないでくれよ。

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