桜の下に立つ人
第一印象
 芸術的に真っ直ぐな軌跡を描いたそのボールは、吸い込まれるようにしてキャッチャーミットに収まった。
 九回裏を守りきり、勝利が決定した瞬間だ。次いで、歓声が沸き上がった。選手だけでなく観客までもが一体となって、決勝進出を決めた喜びに興奮していた。
 その中心にいたのは、ピッチャーを務めた少年だ。他の選手たちに抱きしめられ、もみくちゃにされながら、彼自身もまた輝かんばかりに笑っていた。
 去年の夏の記憶である。美空は美術部の友人に連れられて野球部の試合に行った。万年初戦敗退だった我が高校の野球部はその年、地区予選準優勝という快挙を成し遂げた。
 彼らの積み重ねてきた努力を想像すると、絵の題材を探しに来ただけの美空まで感極まって涙が出そうになった。そして羨ましくなった。彼らの頑張りは、これほど多くの人を熱狂させるのだ。誰にも理解されない美空の絵とは違う。
 けれど、記録用のカメラを覗き込んだときに美空は気がついた。写真の中では褪せてしまうこの感動を、美空は絵という形で表現できるのではないか。
 美空は野球ができないけれど、絵を描ける。描くことの楽しさばかりを追い求めてきたけれど、もっと、美空の中のなにか――感情や言葉では表せないものを表現するために、伝えるために使ってもいいのではないだろうか。
 伝えたい「なにか」はまだ分からない。けれど、それは美空にとって一つの気づきだった。
 その夏の日以来、美空は、自分の中の「なにか」を探し続けている……。
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