今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
 南千歳駅へと向かう特急はやや混んでいた。グリーン車の一番後ろの席に座った安寿と航志朗はずっと手を握り合っていた。

 (あと二時間で、また彼と別れなければならないんだ)

 安寿は思わず航志朗の左腕に額をつけた。航志朗は安寿の黒髪を優しくなでた。

 安寿と航志朗を乗せた特急は南千歳駅に到着した。そして、新千歳空港駅へ向かう快速エアポートが発着するホームにふたりはやって来た。

 (とうとう、またこの時間が来てしまったんだ……)

 安寿は胸が張り裂けそうになった。思わずワンピースの胸元を強く握る。ホームにはちらほら列車を待つ人びとがいる。一様に大小さまざまなスーツケースを持っている。

 安寿が乗り換える新函館北斗駅行きの北斗八号は午前十時発だ。偶然にも航志朗が搭乗するソウル行きの飛行機の出発時間と同じだ。まだ一時間ほど時間がある。だがすぐに新千歳空港駅への快速エアポートがホームに入構して来た。安寿はあわてて航志朗の腕をつかんで言った。

 「航志朗さん! くれぐれもお身体に気をつけてくださいね。絶対に絶対に無理をしないでくださいね!」

 安寿の手を強く握った航志朗は、安寿に優しいまなざしを注いでうなずいた。

 「わかった、ありがとう。安寿も無理するなよ。何かあったらすぐ俺に連絡しろよ。二時間半で帰って来られるからな。あ、もう少しかかるか。とにかく東京まで気をつけて帰れよ、安寿!」

 「はい……」

 安寿はスーツケースのハンドルをきつく握りしめた。

 「じゃあ、いってくる、安寿!」

 「航志朗さん、いってらっしゃい!」

 安寿の頭を引き寄せてその額を自分の額に合わせると、航志朗は快速エアポートに乗り込んだ。微笑みながら航志朗は手を振った。安寿の目の前ですぐにドアが閉まった。快速エアポートは発車して、あっという間に安寿の視界から消えて行った。

 「航志朗さん……」

 しばらくの間、安寿は下を向いて自分の足元を見ていた。北海道に来る前にきれいに洗った白いスニーカーは、いつのまにか土まみれになっている。そこから安寿は一歩も動けなかった。ふと安寿は澄みきった大空を見上げた。初秋の気配を含んだ冷涼な風が吹いて来て、安寿の長い黒髪をなびかせた。

 やがて、安寿ははっきりと思い至った。

 (私は、今、彼に伝えたいことがある)

 安寿の目の前に再び次の快速エアポートが入構して来た。それに安寿は乗り込んだ。こぶしを強く握りしめて。

 (まだ間に合う。きっと……)

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