今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
 安寿の白い羽根の絵はまったくの別の絵に変身した。むしり取られた生気のない白い羽根は、生き生きとしたまばゆい光を放ち出した。たくさんの白い羽根は地面に舞い落ちてはいない。空の彼方へ向かって舞い上がっている。そして、白い羽根はふたつの大きな翼になって力強く羽ばたこうとしている。

 グリーンの瞳をきらきらと輝かせてドミニクが大声をあげた。

 『コーシ、その絵、私たちの救世主(ソヴァール)になるわよ!』

 ずっと安寿は目の前で起こっていることが理解できなかった。なぜか航志朗があの絵を逆さまにイーゼルに置いたら、急に航志朗とパソコンの画面の向こうにいる人びとが大騒ぎし始めた。早口のフランス語で航志朗たちがなにやら白熱して議論している。

 二杯目のほうじ茶を啜りながら、安寿は航志朗を見て思った。

 (航志朗さんのお仕事って、本当に大変そう。そうだ、私、そろそろ就職活動をはじめなくちゃ)

 低い音で安寿のお腹が鳴った。ずっと目の前のおせち料理はおあずけの状態だ。

 しばらくして航志朗がノートパソコンを閉じた。会議が終わったらしい。呆然とした様子の航志朗は安寿の前に立つと深いため息まじりにつぶやいた。

 「安寿、君ってひとは本当に……」

 航志朗の言葉の意味がわからずに安寿は首を傾けた。また安寿のお腹がきゅるると鳴った。恥ずかしそうに安寿は腹を押さえた。

 突然、航志朗は大声で叫んだ。

 「安寿、俺は本当に君を愛している!」

 いきなり航志朗は安寿を抱き上げてソファに連れて行くと、力いっぱい抱きしめて言った。

 「君は本当に凄まじいひとだな……」

 安寿は航志朗の耳元で不思議そうに尋ねた。

 「航志朗さん、いったい何があったんですか?」

 「君の断りなしに話を進めて悪かったけど、君のあの絵、パリの国立美術館に展示されるかもしれない」

 安寿は目を大きく見開いて驚愕した。

 「パ、パリの国立美術館って!」

 「君のあの絵を、きっと世界中の子どもたちが楽しんでくれるよ」

 目を細めた航志朗は穏やかな口調で続けて言った。

 「安寿、あの絵の前に立ってみて」

 「あ、はい」

 いぶかしげに安寿は逆さまになった絵の前に立った。

 笑いながら航志朗が言った。

 「君にぴったりだな(パーフェクト・フィット・フォー・ユー)

 すぐに航志朗はスマートフォンを構えて安寿の姿を写真に収めた。

 「ほら見てごらん、安寿」

 ソファに座ってふたりはスマートフォンの画面に見入った。満足そうな笑顔を浮かべて航志朗が言った。

 「天使の君の姿が映った。世界中の人びとが君の絵の前に立って写真を撮ると気づくだろう。自分は世界に平和をもたらす天使だって」

 じわっと安寿は瞳を潤ませた。航志朗はそんな安寿を抱きとめようと両手を広げて構えた。すると、場違いな仏頂面をして安寿が言った。

 「航志朗さん、私、本当にお腹が空いたの。早くおせち料理を食べましょうよ!」

 一瞬、沈黙してから、腹を抱えて航志朗は大笑いした。あまりにも笑い過ぎて涙がにじみ出た。

 (安寿は天才の天使だな。それに天然の天使とも言えるな。ああ、もうどうしようもないほど、安寿が愛おしくてたまらない……)

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