今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
第8章 七日間だけの新婚生活

第1節

 レースのカーテンから新しい一日の始まりの陽光が差し込んできた。その生まれたての柔らかい光に照らされた安寿は少しずつ目覚めてはいるが、安寿はまだとろとろとしたまどろみのなかにいた。

 (……どうして、こんなに明るいの?)

 安寿はまぶしそうに薄く目を開けた。窓の方を見ると、昨日の夜にドレープカーテンを閉め忘れていたことに気づいた。深く眠っていたらしく頭のなかが真綿のようにふわふわとしていて、まだ何も考えられない。安寿はレースのカーテンからこぼれる光が揺らめいているのをしばらく不思議に思って見ていた。そして、固定された左足に鈍い違和感を感じると、一気に昨日の長い一日のことを思い出した。

 あわてて安寿はベッドの上に起き上がった。

 (私、昨日、結婚したんだっけ……)

 安寿は顔を赤らめて両頬に手を当てた。

 昨日の夜、あのひとが自分の左足に手を当ててくれたのを覚えている。ひんやりとした冷たい手だった。でも、その後のことがどうしても思い出せない。自分の部屋に来て、このベッドに入った覚えすらない。

 安寿は時計を見た。午前七時前だ。あのひとはどこにいるのだろうとふと思った。安寿は注意深く立ち上がった。そして、左足を引きずって廊下に出た。今のところ痛みはない。安寿は少しだけ安堵した。自分の家だというのに、安寿は慎重に自らの気配を消して恐る恐るリビングルームに入ると、ソファに寄り掛かって眠り込んでいる航志朗の姿が目に入った。

 「たいへん!」

 安寿は思わず大声をあげると、自分の声に驚いて両手で口を押さえた。航志朗はパジャマのままで自分のジャケットを掛けているだけだった。新緑の季節になったとはいうものの、朝晩はまだ肌寒い。とても忙しそうなひとなのに風邪でもひいたらどうしようと心配になった。

 安寿は急いで自分の部屋に戻り、つい先程までくるまっていたまだ温かい毛布を取ってきて、航志朗の上に掛けた。航志朗はずいぶんと深く眠っているらしく身動きのひとつさえしなかった。安寿は眠った航志朗の隣でしばらくその寝顔を見つめていた。このひとは自分とはまったく違う別の世界に住むずっと年上の大人の男性だと思っていた。だが、今、無防備に眠っている航志朗は、自分と同じ世界に存在していて、自分と変わらない年頃に思えた。

 (……可愛い寝顔)と素直に思ってしまった自分が急に恥ずかしくなって、あわてて安寿は航志朗から離れた。

 (とにかく朝食の支度をしなくちゃ!)

 キッチンに行った安寿は米を研いで炊飯器の中に浸水させた。そして、ビニール袋でけがをした左足を覆い、その片足だけにバスブーツを履いて、かなり気を遣いながらシャワーを浴びた。山田医師からは二日間は入浴を控えるようにと言われたが、どうしても安寿はシャワーだけでもいいから髪と身体を洗いたかったのだ。もちろん航志朗と一緒にいるからである。バスタオルを身体に巻いた安寿は髪を乾かしてから自分の部屋に行った。着慣れたゆったりとしたカーキのコットンワンピースに着替えて、ネイビーの厚手のレギンスを穿いた。それから、キッチンに戻り炊飯器のスイッチをつけてから、生成りのリネンエプロンを身に着けた。その時、左足首に鋭い痛みが走り、一瞬、安寿は顔をしかめた。

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