今、君に想いを伝えて、ここで君を抱きしめる
 それから二時間ほどで食材が届き、自分がカレーをつくると言いはった航志朗にはなんとか仕事を続けてもらうことにして、伊藤が用意してくれたというネイビーのリネンエプロンを着て、安寿はカレーライスをつくった。温野菜のサラダも大皿いっぱいに用意した。ご飯も多めに新品の炊飯器で炊いた。

 ふたりは一緒にゆっくりと夕食を食べた。航志朗は何回もおかわりして、結局カレーの入った鍋は空になった。食後に航志朗がさくらんぼを洗ってガラスの皿に盛った。安寿はさくらんぼを久しぶりに食べた。甘酸っぱくておいしかった。口をすぼめて可愛らしくさくらんぼを食べる安寿の姿を航志朗は楽しそうに見守った。

 「安寿、伊藤さんから連絡があって、明日、岸家に行くことになった。今後の君の新しい生活の打ち合わせをしに行こう」

 「わかりました。よろしくお願いします」

 頭を下げた安寿は少し緊張した面持ちになった。

 夕食の後片づけは航志朗がした。その間に安寿は風呂に入った。また一時間くらいは入って来るのかと航志朗は思ったが、安寿は三十分ほどで出て来た。入れ替わりで航志朗がバスルームに行った。

 髪をタオルで拭きながら航志朗がリビングルームに戻って来ると、安寿がブックケースの中を興味深そうに眺めていた。航志朗は炭酸水のミニボトルを二本持ってきて安寿に勧めてから言った。

 「それは、昔、俺の曾祖父がフランスで購入したブックケースなんだ。並んでいる書籍は大部分が祖父の蔵書だよ。面白そうな本があったら出して見てみたら? 古い紙の匂いがして、ちょっと埃っぽいかもしれないけれど」

 「いいんですか?」

 安寿は目を輝かせた。

 「もちろん。自由に読むといい。祖父が喜ぶよ」

 (航志朗さんのおじいさまって、どんな方だったんだろう……)と安寿は思った。

 ソファに座って炭酸水を飲んでいる航志朗に安寿は尋ねた。

 「航志朗さんはお酒を飲まないんですか?」

 「ああ、付き合いの乾杯以外は飲まない。俺はアルコールに弱いわけじゃないんだけど、……以前、酒で失敗したから」

 「そうですか……」

 もちろん、どんな失敗をしたのかは訊けない安寿だった。

 それから、安寿は今朝ソファからはみ出して寝ていた航志朗のことを思い出して言った。

 「あの、航志朗さん。今夜はベッドで寝てください。私がソファで寝ますので」

 「だめだ。君はけがをしているんだ。今夜もベッドで寝ろ」

 「でも……」

 航志朗は深刻そうな表情をしている安寿をついからかってみたくなり、冗談まじりで軽く言った。

 「じゃあ、安寿。一緒にベッドで寝ようか?」

 すぐに航志朗がまったく想定していなかった回答が返ってきた。

 「はい。それがいいですね。とても大きなベッドですし」

 安寿はほっとした顔を浮かべている。

 仰天した航志朗は自分の方から誘っておいて赤くなった。

 (本当か! 俺の妄想じゃないよな……)

 安寿の気持ちが変わらないうちにと、航志朗はさっそく安寿をベッドに誘った。

 「安寿、じゃあ、もう寝ようか!」

 航志朗の声は大人げなく浮かれた。

 いぶかしげに安寿が言った。

 「まだ九時前ですけど?」

 「いいから、いいから。そうだ、寝る前に話をしよう。君のことをいろいろ聞きたいし」

 航志朗は差し迫っていた仕事を都合よく全部忘れた。寝る前に片づけるつもりだったのだが。

 明らかに急上昇した航志朗のテンションに安寿は少し困惑ぎみになった。

 (あれ? なんだか、私、変なこと言っちゃったかな……)

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