ハッピーエンダー

視界が(にじ)んで、前が見えない。水樹さんがぼんやりと揺れ、私は瞬きをする。頬を水滴を伝って、顎まで落ちていった。

「そう、ですね。食べ、ましょう、か」

笑わなきゃ。もう一度瞬きをする。ボタリと大粒の涙が落ち、一瞬、視界がクリアになった。見えた水樹さんは目を見開いて、眉を寄せて私を見ている。

「光莉」

突然、手を引かれ、強引に連れられた。彼はカウンターに風呂敷を〝ガン〟と音を立てて置き去りにし、コンシェルジュに「捨てて」と言い放つ。

「水樹さんっ」

こちらが呼んでも答えてくれなくて、ボタンを押せばすぐに開いたエレベーターの中へ拉致された。壁に押し付けられ、親指で顎を掬い上げられた。

「水樹さん……?」

彼は焦点の合わない視線を私に向け、熱っぽく呼吸をしている。強引にキスをされそうな勢いだったのに、彼は一度止まった。

目を開けたままゆっくりと唇を近づけてくるのは、わざとだろう。あの日とまったく同じだ。私の顔は熱くなり、瞳はぼんやりと潤む。目を閉じても息があたって、もう水樹さんでいっぱいでなにも考えられなかった。

唇が触れる。甘く溶ける。ああ。このキスだ。ほかのキスはキスではないと思えるほど、水樹さんのキスは優しいーー。
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