歪ーいびつー(どんでん返し系 狂愛ミステリー)

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「ん……っ……ン……ッ!? んぅぅーー!!?」


 息苦しさで目覚めた私は、自分の置かれている状況に驚いてパニックに陥った。

 目を開いているはずなのに、その視界はとても暗くて……。
 両手は後ろで拘束され、誰かにキスをされているのだ。

 恐怖で泣き叫ぶ私の声は、ただ、虚しく口内で吸収されてゆく。
 一体、自分の身に何が起きたというのかーー

 次第に湿ってゆく目元に、目隠しをされているのだと気が付く。


(怖い……っ! 怖い……、怖いっっ!!)


 恐怖でガタガタと震え始めた身体。

 誰かもわからない相手に、好き勝手に侵され続ける口内。
 どんなに嫌だと暴れようとしても、両手は後ろ手に拘束され誰かに覆い被されている状態では、自由に動かせるのはせいぜい足先くらいなもの。

 私の顔を包み込むようにして添えられていた誰かの手は、ゆっくりと下へと移動してゆくと次第に私の身体を(まさぐ)り始める。
 どんなに泣いて嫌がっても、その手はついに私の胸へと到達すると、掌全体で包み込むとゆっくりと揉み始めた。

 キスをされながら胸を触られ続けている私は、ただ、動かない身体で嫌だと泣く事しかできない。

 暫くすると私の口を解放した誰かは、今度は首元に顔を移動させると首筋を舐め始めた。
 やっと解放された口で勢いよく空気を吸い込んだ私は、渾身の力を振り絞ると大きな声で泣き叫んだ。


「いやぁぁぁぁああーー!!!! っ……ぅ……っ涼く……っ涼くん!! ……ぅッ……涼くんっっ!!!」


 気が付けば私はーー
 涼くんの名を口にしていた。

 自分ではどうすることもできない絶望の中、私が無意識に助けを求めた相手はーー涼くんだった。

 もう、いないはずの涼くんにーー


 叫び出した私に驚いたのか、覆い被さる誰かの動きはピタリと止まり、暫くすると私の上からその重みがスッと消えた。

 身動きのとりにくい身体で小さく丸まると、ガタガタと泣き震えながらも抵抗の意思を見せる。
 そんな私を上から見下ろしているのであろう誰かは、数秒の間沈黙した後、突然動きをみせた。

 その気配に、ビクリと身体を揺らして身構える。するとーーその数秒後。
 扉が開閉する音が聞こえたかと思うと、それを最後に、誰かの気配は完全に姿を消した。

 1人その場にとり残された私は、安堵したのと同時に再び恐怖に襲われる。
 また、さっきの人がいつ戻ってくるとも限らないのだ。
 
 自分が何処にいるのかも分からない状況の中、私は恐怖と孤独で押し潰されそうになりながらも、ただ、ひたすら「助けて」と叫び続けた。

 暫くすると、駆けつけてくれた先生によって無事に保護された私は、そのまま先生の車で自宅まで送迎してもらう事となった。

 その車中、優雨ちゃんから聞かされた話しではーー

 優雨ちゃんが美術室に戻ると、入り口の扉は開かれたままで、既にそこに私の姿はなく……。
 行方不明になった私を、1時間近くも先生と手分けして探してくれていたらしい。

 その後、私は別館の書道室で発見され、無事にこうして保護されたのだ。

 先生には、誰がこんな事をしたのかと問われたけれど、私には直前の記憶がなくて答える事ができなくて……。
 
 ただ、直前に見た奏多くんのメッセージを思い出しながらーー
 
 車窓から見える流れる景色を眺めて、静かに涙を流したのだった。





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※※※






「夢ちゃん。……学校で何かあった?」


 仏壇前でただ黙って座る私の横で、涼くんのお母さんが心配そうな顔をして尋ねてくる。

 
 ーー昨日の一件で、学校に行くのが怖くなってしまった私は、今日、学校を休むと涼くんの家へと来ていた。

 学校に行っているはずの時間帯に訪れた私に驚きながらも、優しく迎え入れてくれた涼くんのお母さん。


 私は今ーー
 無性に涼くんに会いたくてたまらなかった。

 
 ーーずっとずっと、寂しかった。


 でも、頑張らなくてはいけないと、自分を奮い立たせて今までずっと頑張って来た。

 それももうーー限界。


(どうして……っ、涼くんは私を置いていなくなってしまったの……? どうして今……私の隣にいないの……っ? もう私っ……、1人じゃ無理だよ……っ。助けて、涼くん……っ)


 ついに我慢し切れなくなった私は、涼くんのお母さんの前で大声を上げて泣き出した。


「涼っ、くん!! っ……涼くん!! っ涼くん!!」


 ただずっと、涼くんの名前を呼びながら泣き続ける姿を見て、涼くんのお母さんは優しく私を抱きしめた。


「……っ……夢ちゃん。ごめんね……っ……。本当に、ごめんなさい……っ」


 そう言って、優しく背中を(さす)ってくれる涼くんのお母さん。

 その手がなんだかとても暖かくてーー

 何故か、私の瞳からは余計に涙が溢れてきた。






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「……夢ちゃん。前に一緒に頑張ろうって言った事、覚えてる?」

「……はい」


 泣き止んだ私をテーブル前へと座らせた涼くんのお母さんは、奥の部屋からデジカメを持ってくるとそう、話を切り出した。


「私ね……。涼が亡くなってから、今まで一生懸命頑張ってきたつもりだったけど……。本当の意味では、頑張れていなかったの。……現実を受け入れて、前を向いて頑張れていなかった」

「…………」

「……このデジカメね、涼があの日に使っていた物なんだけど……。今まで、怖くて中身を見れないでいたの。見なければ、あの子はまだキャンプに行ったまま帰っていないだけなんだって、思えるから……」

「…………」

「だって……っ、見たらどうしても辛いでしょ? あの子の死を、受け入れなくちゃいけないんだもの」

「……っ……」

「夢ちゃんには……っ、本当に申し訳ないと思っているの。子供時代に、あんな経験をさせてしまって。夢ちゃん……涼の事が、好きだったわよね?」


 その言葉に、私は涙を流しながらも小さく頷いた。


「……ありがとう、涼を好きになってくれて」


 次から次へと流れてくる涙を拭いながら、涼くんのお母さんが優しく微笑む姿を見つめる。

 涼くんのお母さんは手元のデジカメに一度視線を落とすと、何かを決意したような瞳で私を見た。


「夢ちゃん……。夢ちゃんには、涼が死んでしまった事を受け入れて、前を向いて生きていって欲しいの」

「……っ」

「私も……受け入れて前を向いて生きていくから。もう一度、少しずつ……少しずつでいいから……っ。一緒に頑張っていきましょう?」


 優しく微笑みながら、私の手をキュッと握りしめた涼くんのお母さん。

 その頬には、一筋の涙が流れていたーー





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