歪ーいびつー(どんでん返し系 狂愛ミステリー)
※※※





「……夢ちゃん。来週の始業式には、一緒に学校に行こう?」

「…………」

「俺がずっと、側で支えるからね……」


 何も答えようとしない私をそっと抱きしめると、「また明日来るね」と言って帰って行った楓くん。


 優雨ちゃんが屋上から飛び降りた日から、私はずっと学校を休むようになり、気付くとそのまま夏休みを迎えていた。

 朱莉ちゃんも……。私と全く同じ状況だと、楓くんから聞いた。


 ーー結局。
 あの日、奏多くんも優雨ちゃんも助からなかった。

 事件はニュースになり、目撃者として事情聴取を何度か受けた私達。
 その時も、ずっと楓くんは側で支えてくれていた。

 今だって、こうして毎日会いに来てくれている。
 それでも、いつだって現実はとても辛くて悲しくてーー
 私は、中々立ち直れないでいた。


 本当にーー色々な事がありすぎたから。


 優雨ちゃんと奏多くんの事件は、恋愛の(もつ)れから同級生を刺し殺した女子高生が、飛び降り自殺をしたと。そう、世間に発表された。

 私達は誰も、涼くんの事故の真相を語ることはなかった。

 どうしてこんな事になってしまったのかと毎日考えては、答えが出ないまま一日が終わってゆくーー

 私は貝殻のブレスレットを握りしめると、涙を流しながらそっと瞼を閉じた。





ーーーー



ーーーーーー





※※※





 ーー始業式前日。
 突然、朱莉ちゃんが私の家を訪ねて来た。

 久しぶりに見るその姿は、酷く疲れて随分と痩せこけたように見える。
 奏多くんの事が好きだった朱莉ちゃんの気持ちを思うと、私は居た堪れずに思わず視線を逸らした。


「……夢。私……っ、明日学校に行くよ」



ーーー!?



 朱莉ちゃんの言葉に反応して、逸らしていた視線を朱莉ちゃんの方へと向ける。

 するとそこにはーー
 涙を溜めながらも、意思の強い瞳で私を見つめる朱莉ちゃんがいた。


「……夢は、どうするの?」

「…………」

「また、逃げるの? ……涼の時みたいに」

「……っ!」


 朱莉ちゃんその言葉に、ビクリと身体が揺れる。


(っ……私は……また、逃げてる……)


 前を向いて頑張ると、あの日誓ったというのに……。
 私はまた、現実から逃げていたのだ。


「……っお願い、夢ぇ……っ! 私を、1人にしないでよぉ……っ!」


 そう言って、泣きながら私に抱きつく朱莉ちゃん。


「朱莉ちゃん……っ。ごめんね……っ、……ごめんねぇ……っ」


(朱莉ちゃんだって、凄く辛いはずなのに……っ。朱莉ちゃんには……、立ち向かってゆく強さがあるんだ……ーー)


 ーー私も、朱莉ちゃんの様に強くなりたい。
 
 どんなに辛い事があっても……。
 残された私達は、今を生きてゆかなければいけないのだからーー


 1人にしないでと涙を流す朱莉ちゃんを、そっと優しく抱きしめ返す。


「1人になんて、させないよ……っ。一緒に……、頑張ろう……っ」


 私は静かに涙を流しながらも、しっかりとした確かな声でーーそう、答えたのだった。






※※※






 小さな箱から貝殻のブレスレットを取り出すと、それを自分の左手首へと付ける。


 あの日以降ーー
 決して付ける事のなかった、涼くんとお揃いのブレスレット。

 やっぱり目にすると、色々と思い出してしまうから……それが辛くて。
 今まで1度も、付けることができなかった。

 でも、今日から私はこれを付けて、少しでも前に向かって頑張ろうと思う。

 ーーこれは、お守りみたいなもの。

 指先でそっと貝殻に触れると、私は小さく微笑んだ。

 いつまでも蓋をしたまま閉じ込めていないで、受け入れて前へ向かって生きてゆくーー
 私は昨日、そう決意した。

 辛い事から逃げてばかりいては、決して前には進めないからーー



ーーーピンポーン



「ーー夢ちゃーん! 楓くんが、お迎えに来てくれたわよー!」

「……はーい」


 そう返事を返して一階へと降りて行くと、優しく微笑む楓くんが私に向かって口を開いた。


「ーーおはよう、夢ちゃん」

「楓くん……。おはよう」


 私は小さく微笑みながら楓くんに挨拶を返すと、「行ってきます」とママに告げてから玄関扉を開いたーー





ーーーーーー





「……夢ちゃんが始業式に出てくれて、良かった」


 私の隣りで、小首を傾げてニッコリと微笑む楓くん。


「うん……。心配させちゃって、ごめんね……」


 楓くんを見上げて申し訳なさそうな顔をすると、楓くんは「可愛いー」と言って優しく微笑む。
 何が可愛いのかと疑問に思っていると、ニッコリと微笑んだ楓くんが口を開いた。


「……夢ちゃん。手……、繋いでもいい?」

「えっ……? ……う、うん」


 そんな質問をされた事など今までなかったので、改めて言われてみると妙に恥ずかしくなる。
 私はほんのりと赤く染まった顔を隠すようにして、楓くんから視線を外すと少しだけ俯いた。

 そんな私の右手をそっと掴んだ楓くんは、その手にキュッと軽く力を込めると再び口を開いた。


「ずっと、俺が側にいてあげるからね」


 その言葉に顔を上げて視線を向けてみれば、とても優しい瞳で私を見つめている楓くんと視線が絡まる。


「……うん。ありがとう」


 真剣な眼差しながら、どこか色気を含む綺麗な面持ちに見惚れてしまった私はーー

 楓くんから視線を逸らすこともできずに、気付けば無意識にーーそう、答えていた。





ーーーー



ーーーーーー





※※※





「楓、まだかねー」


 始業式ということもあり午前授業だった私達は、全ての授業を終えると屋上へと来ていた。

 楓くんは今、徒歩5分圏内の場所にあるお花屋さんで、花束を買いに行ってくれている。

 3人で、お供えをしようと思ってーー


「いっやぁ〜……。それにしても、今日の朝は気まずかったなぁ〜」

「……?」

「……楓とさ。手、繋いでたでしょ? 楓なんて、終始デレデレしちゃって……。見てるこっちが恥ずかしかったよぉ〜」

「えっ……! ご……っ、ごめんね、朱莉ちゃん」


 朱莉ちゃんに気不味い思いをさせていたのかと、申し訳なく思う気持ちと恥ずかしさから顔を伏せる。


「夢はさ……。楓の事、好き?」

「……えっ!? ど……、う……だろう」


 ーー楓くんの事は、勿論大好きだ。

 でも、それが恋かと言ったら……。
 正直、わからない。


「楓ってカッコイイし、優しいし……。良いと思うけどなぁ〜」


 ニヤニヤとして、私をからかう様にして顔を覗き込む朱莉ちゃん。


「夢ーー」


 ーー突然。

 急に真剣な顔になった朱莉ちゃんに緊張すると、その場で少しばかり姿勢を正してみる。


「ーーいいんだよ……。涼以外の人を、好きになっても」


 そう告げると、優しく微笑んだ朱莉ちゃん。


「っ……、うん」


 ーー私のことを、好きだと言ってくれた楓くん。

 その気持ちに応えることができたら……。きっと、とても幸せになれるのかもしれない。

 つい最近の出来事を色々と思い返してみれば、私の隣でずっと支えてくれていた楓くんの姿が思い浮かぶ。


(……でも、やっぱりーー)


 私は自分の左手首に付けているブレスレットに、そっと触れてみた。

 すると、それに気付いた朱莉ちゃんが口を開いた。


「……あれ? 夢、そんなのしてたっけ?」

「うん……。ずっとね、しまったままだったんだけど……。今日、久しぶりに付けてみたの」


 笑顔でそう答えると、ブレスレットに視線を移してピンクの貝殻を見つめた。













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