メレンゲが焼きマシュマロになるまで。
「俺なら杏花ちゃんを離したりしないのに。」

「・・・店長、だめ・・・。」

彼の腕から逃れようとすると、腕の力が更に強まった。

「好きになってくれなくていい。嫌われてもいいから、俺は杏花ちゃんを支えたい。」

震える声で紡がれた、痛いくらい真剣な店長のその言葉は計算で言っているわけではないのがよくわかった。私のことを考えてくれているのがわかる。

でも申し訳ないことに私の頭に浮かんでしまうのは暖人のことだ。私を包む店長の体は暖人より小さい、胸板も暖人より薄い、声も暖人より高い、暖人からは木や金属や接着剤の香りがするのに店長が(まと)っているのはアロマのようなおしゃれな香りだ。店長と近づくほどに暖人のことを思い出してしまう。

「・・・彼のことを思い出してるでしょ?俺と彼は違うって。ごめんね。彼じゃなくて。」

怒っているわけでも悲しんでいるわけでもないような、優しく慈しむような声だった。

「・・・ごめんなさい。」

「なんで謝るの?杏花ちゃんは何も悪くないでしょ。悪いのは勝手に抱きしめてる俺だよ。しかも悪いことしてるのわかってるくせに離さないしね。」

店長は一瞬苦しいくらいに強くぎゅっとしてから体を離し、私の髪を撫でた。

「店長としても男としてももっと杏花ちゃんに頼ってもらえると嬉しいんだけどな。杏花ちゃんに俺の気持ちを利用してもらえたらいいんだけど。」

「利用なんてそんな・・・。」
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