バイバイ、ベリヒル 眠り姫を起こしに来た御曹司と駆け落ちしちゃいました

   ◇

 仮眠室から総務部に戻ったとき、社用のスマホにメールが届いた。

『from:広報部山中亜莉沙 to:総務部星崎七海』

 山中先輩からか。

 三年前、私たちは元々トイレタリー商品を手がける別の大手企業で働いていて、新卒の私の世話をしてくれたのが五歳年上の山中先輩だった。

 前の職場の人間関係に悩んでハピネスブライトに転職した先輩が、いいところだから七海も来なよと誘ってくれたのが去年のことだ。

 部署は別れてしまったけれど、頼りになる先輩であることにかわりはない。

『七海、今夜のパーティー手伝ってほしいの。お願い(土下座)』

 先輩からの頼み事なんてめずらしい。

 ちょうど私も夜の時間は空いている。

 うちの会社は基本的に残業が認められていない。

 フレックス通勤もあるので終業時間はそれぞれだけど、八時間勤務を超過するとすぐに上司から指導が入るようになっている。

 もちろん上場企業としてコンプライアンスには厳しいから、裏でサービス残業をやっているというわけではない。

 新しい働き方を提案できなければライフスタイル企業として存在する価値がない。

 ここでもそういった社長の方針が浸透しているのだ。

 家族のいる社員は夫婦や子供と向き合う時間が取れるし、独身社員は趣味や自己研鑽のために時間が使えて、それがまた仕事に役立つこともある。

 もっとも私自身はカレシなしで無趣味な人間だから、早めに家に帰っても、動画を見るくらいしかやることがない。

 それに今日は金曜日。

 土日は休みだから、のんびりできる。

 会社のパーティーに出席しろと言われれば断る理由はない。

 こういった時間外業務についてはもちろん手当も出る。

 それにしても、パーティーっていったいなんだろうか。

 私はその場で電話を入れてみた。

 ワンコールで先輩が出る。

「あ、七海、どう、大丈夫そう?」

「ええ、はい……」

 先輩は相当焦っているようだった。

「今からでも来てくれないかな」

 今夜と言っていたはずなのに、今からって。

「広報部にですか」

「佐々木さんにはさっき連絡入れてあるからさ」

 うちの課長にも話がついているようだ。

 いくら柔軟なうちの会社でもこういったことはさすがに異例のことだ。

 よっぽどのことが起きたらしい。

「いちおう課長に話してから、そちらに行きます」

「うん、待ってる」

 電話が切れた。

 ふう、と思わずため息が出る。

 尊敬しちゃうんだけど、時々ついていくのが大変なこともあるんだよね。

 私なんかが役に立つのかな。

 と、そこに佐々木課長がやってきた。

 高校生の娘さんと撮った写真をスマホの待ち受けにしているような温厚な課長にしてはめずらしく切迫した表情だ。

「あれ、なんだ星崎、まだいたのか」

 え?

 まだって?

「あ、はい。あの、広報部の……」

「おう、人手が足りなくて大変だってさ。早く応援に行ってやれ。もう田中と矢島も行ってるぞ」

「分かりました」

「おい、星崎」と、課長が意味ありげに人差し指を立てる。「社長を怒らせないようにしろよ」

「どういうことですか」

「行けば分かるさ。現場は大混乱だってよ」

< 2 / 87 >

この作品をシェア

pagetop