交錯白黒

「ね、天藍ちゃんはどう思う?心当たりとか、無い?」

「え……?あぁ、えと……んぶっ」
 
とぼとぼと橘兄弟の後ろをついていた私は、突然進むのを停止した大きな背中に激突した。

甘やかなジャスミンの芳香に包まれ、少し頬を赤らめる。

「だ、大丈夫?」

話し掛けられたということに気づいたのはいいものの、彼らの会話はほぼ聞き流していたので、返答に窮する。

「話聞いてなかったろ」

「ご、ごめん」

橘くんは怒ることも、はたまた笑うことも無く、事務的に私を見下ろして言い、すぐに前を向いてしまった。

「えっとね、さっき話してたのは……」

先へとスタスタ歩き始めた橘くんを他所に、瑠璃さんは私と歩調を合わせ、嫌な顔一つせずに私が聞き流した話をしてくれる。

「クローンの心当たり、ですか」

「そういうこと。流石、飲み込みはやいね」

「……今のところは思い当たる人はどこにも……」

「そっか」

微笑んではいるが声のトーンまでは誤魔化せなかったようで、落胆しているのがわかり、胸が痛んだ。

……ごめんなさい。

「ただ……その、クローンのことは、もういいんじゃないですか?」

「……?」

私の言葉に、二人の前へと進んでいた足が止まる。

グレーのスニーカーは爪先は私のローファーへと向きを変え、その靴よりも大きいローファーは踵を向けたまま動かない。

街灯の白濁がローファーを鈍く反射した。

「だって、元々目的だった調査は終えた訳だし、珊瑚さんが亡くなった今、当事者はもういない。どれが真実かなんて、わからないですよ。そんな中で調査しても、意味が無いです」

「櫻子さんや、その、同級生の子は?」

瑠璃さんの声色が些か硬く聞こえるのは気のせいだろうか。

私の周りの酸素がその圧に吸い込まれたように息苦しく、逃れるように一息に言った。

「櫻子は話したくなさそうだったでしょう。ああなったら、余程のことがない限り口を割りません。それに、麗華まで巻き込めないです」

麗華の名前を出したのはあまりよくなかったか。

勢いで吐き出した言葉に今更後悔がついてくる。

「もう一人のクローンの子だって……私達が調査しなければ、彼女は自分がクローンだって知らずに済む。無知は自分の世界が狭まる悲しいことだけど、世の中では叡智が不幸を呼び込むこともある」
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