交錯白黒

リスクは高いながらも、如月家に足を運んでいたのだろう。

「『大事なお話があります』というのは、僕のミスを如月先生に報告する話です。それは白昼堂々話せるものでは無かったので、夜中、院長室に来て貰いました」

その部分だけ切り取ると、遥斗が勘違いしてしまうのも無理もない。

「そのミスって?」

「麗華に、琥珀くんと天藍さんの秘密を零したことです。酒に酔っているときに、口が滑りました」

悪びれる様子もなく、淡々と告げる。

本当は物凄く後悔しているが、表情や声色に出ていないだけかもしれない。

そう思うと、電話越しに豹変したあの演技は、アカデミー賞級だ。

「なるほど……」

水城さんと櫻子が密会のようなことをしていたのは一度だが、それがたまたま遥斗の目にとまった。

櫻子は定期的に夜何者かと会っていたので、遥斗はそれを水樹さんだと勘違いしたのだ。

本当は、俺の父と会っていた。

「それで、伝えたいことというのは?」

「できれば、瑠璃くんもいるときがよかったのですが……」

するとくたびれた格好の彼はゆっくりと腰を折った。

額と膝がぶつかりそうなほどの急角度であり、少し焦った。

「高田院長を止められず、申し訳ございませんでした」

至って業務的な声色、だがそれ故演技がかっている様子は全く見受けられず寧ろ信頼感が強い。

頭を上げれば体の前でした重ねた両手は震え、それを隠すかのようにぎゅっと握っていた。

「あの時僕が、もっと早く気づいていれば、君達にこんな辛い思いをさせることはありませんでした。気づいても、僕だけの力で止めることができなかった。僕の無力を、憎んでください」

歪めた頬は、嗤っているかのようにも見えた。

眼鏡の奥底の糸目が開き、その中の液体が反射して光る。

「それは違います」

俺は噛み付くように言った。

水樹さんと遥斗はたじろぐ。

「勿論、俺を作った奴らには言葉にしようのない憎しみを持っています。ですが、それは裏を返せばそいつらか実験を行わなければ、俺は生まれてこれなかったということになる」
 
人生がクソだと思い始め、全ての出来事が灰色で、息苦しいものになったとき救ってくれたのは如月だった。

それがあったから、俺は如月と出会えた。

俺の荒れた道のりの中で、それは普通の人よりも少ないかもしれないが、幸せは落ちていた。
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