麗しの彼は、妻に恋をする

夏目は腕時計を確認して彼の執務室の扉を開けた。

時刻は夜の七時。外が明るいのでうっかりしてしまうが、戻る予定の時間はとっくに過ぎていた。

「すみません。遅くなりました」

「お疲れさま」

振り返ったのは彼の上司、冬木陶苑の専務、冬木和葵。
夏目は彼の秘書だ。歳は三十一歳と和葵のひとつ年上になる。

眼鏡のフレームに指先をかけ、位置を直しながら夏目は、今日の仕事の報告を済ませた。

「というこで、専務のほうは如何でしたか?」

「無事契約成立。福井くんもはりきっていたよ」

「そうですか。それはよかった」

福井くんとは最近売出し中のイラストレーターで、彼の描くミステリアスなファンタジーの世界はどこか切なく多くの女性ファンを虜にしている。
冬木陶苑のお得意さまがレストランをオープンすることになり、店で使う器一式の注文を受けているのだが、その話のなかで、オーナーの妻が福井の熱烈なファンであることがわかった。
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