北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅱ 『溺愛プロポーズ』
「出るまえにたくさん遊んだし、水もおやつも置いてきたから、あわてることはないよ」
「そうですか? だったら、せっかくの外出だから、このビルを全フロアぶらつくくらいはしてもいい、かな」
 やさしく目を細めた累がすっと差し出した手に、凛乃は自分の手を滑りこませた。
 飲食店がひしめく最上階から、本屋や雑貨売り場を経て、ファッションフロアへ降りてゆく。
 メンズファッションのフロアでたびたび立ち止まる凛乃に、累は文句ひとついわずつきあっているけれど、肝心の服には全く興味を示さない。
「累さんの好みがわからないなあ」
「好みはない」
 累は即答した。
「それならこれとか」
 凛乃は累のシャツを指さした。
「似合ってるし、わたし好みなんですけど」
「そう」
 他人事みたいな顔をしている。
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