蕾の恋〜その花の蜜に溺れる〜


「もう“大ちゃん”とは呼んでくれないの?
あの子は蓮ちゃん以外にその呼び方を許したことはないのよ?」


あんなに泣いて離れたはずなのに
この街に関わっただけで

こうなってしまった

もう、此処では暮らせないのかもしれない


気持ちを落ち着けるように大きく息を吐き出して飛鳥さんを見た


「骨には異常が無いと聞いています
だから、治療してもらえば数日で退院出来ると思います
どうかお気になさらずに・・・」


ハッキリと線引きするように気持ちを伝える


すると、悲しげな飛鳥さんの瞳に、みるみるうちに涙が溜まり、溢れ落ち始めた


「・・・っ、蓮、ちゃん」


そう言ったまま両手を顔を覆って泣き出した飛鳥さん


岡部さんもオロオロして
扉から出て行ってしまった


・・・どうしよう


泣かせるつもりなんてなかったのに


なんて声を掛けて良いのかも思い付かなくて

ただ・・・泣いている飛鳥さんを見つめることしか出来なかった


「失礼します」


扉が開いて入ってきたのは懐かしい顔

近藤和哉さんだった


「姐さん」
そう声をかけた和哉さんは
私に向かって頭を下げた


「車を運転していたのは自分です
蓮ちゃんに怪我をさせてしまって
本当に悪いことをしました」


あの頃と変わらない呼び方をしてくれた和哉さんにも悲しい顔をさせてしまった

そのことも苦しくて


「身体が辛いので休みます」


自分が楽になることを選んでしまった


二人を遮断するように目蓋を閉じる


「ごめ、んね、蓮ちゃ、ん
また、来ます」


絞り出すような飛鳥さんの声を最後に
病室が静かになった





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