御曹司とのかりそめ婚約事情~一夜を共にしたら、溺愛が加速しました~
擦りガラス塀に手をかけ、ゆっくりと見渡す。遠くで光の粒が数珠状に連なって動く電車や、車のヘッドライトがものすごく小さく見えて、街のジオラマ模型を見ているようだ。

「まるで宝石箱をひっくり返したみたいですね……綺麗」

「仕事で行き詰ったときとかによく来るんだ。この景色を見てるとどんな悩みも考え事もすごくちっぽけに思えて、それで元気になれるんだよ」

まだ田舎暮らしをしていた頃、都心に出ることを両親に反対され、ひとりで裏山から見える村の風景を、ぼんやり泣きながら眺めていた日のことを思い出した。今、目の前に広がっている夜景とは比較にならないけれど、それでも不思議と元気になれた。

「わかります。その気持ち」

どんなに綺麗な景色を見てもなにも感じない人もいる。だけど、私と蓮さんは同じ感性を持っているんだと思うと嬉しかった。

「でも、ここって有栖川家のプライベートデッキなんですよね? 私なんかが来てしまっていいんでしょうか? 怒られません?」

連れてこられたとはいえ、下界の人間が踏み込んでいい場所ではないことはわかっている。誰かに見つかったら、と思うと不安になるけれど、蓮さんは私のそんな心配もよそに小さく笑った。

「俺にとっていつか特別な人が見つかったら、一緒にここへ連れてこようってずっと決めてたんだ」

え……特別な人? どういう意味?

冷たくなりかけた私の頬にスッと蓮さんの手が伸びてきて、包み込むように優しく触れられると小さく身が震えた。

「春海は特別な存在だ。俺はいつも自分の直感を信じてる。いきなりで戸惑うかもしれないが……俺と結婚してくれないか?」

……へ?

け、け結婚!? ええっ!?

棒立ちのまま、私は言われた意味がわからず何度も目を瞬かせた。
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