翳踏み【完】

まさか、先輩が私を好きになるわけがなかった。わかっていたはずなのに、弁えていたはずなのに、あんまりにも優しい顔をするから、勘違いした。まんまと引っかかったのだ。

あとは、私が告白すれば終わるらしい。恐る恐る足に力を入れて、窓の外を見た。黄昏時の彼は、不機嫌そうに顔を歪めている。


住んでいる世界が違うと分かっていたはずなのに、こうして見ているとどうしても泣きたくなった。

とてもひどいことをする。

最低な人だと理解しているはずなのに、どうしても、無理だ。先輩に冷たくあたるなんてできない。もっとはやく気が付いていれば、怪我をすることもなかったなあ、なんて、呑気に笑えた。もう無理だ。

その肌に触れた束の間に、私は私じゃなくなったのだと思う。

仮初の眼差しでも良かった。この短い夏が終わるまでで良かった。それまで嘘でもいいから、近くに居たい。

きっと、愚かな私を笑うのだろう。馬鹿だと笑って、暇つぶしにもならなくなった私から離れて行くのだろう。それでも、この一瞬のきらめきを、私は忘れない。

先輩が秘密にしようというのなら、私は絶対に、死んでもこの関係を口外しない。例えそれが、私が本命ではないから言った言葉だったのだとしても、絶対に、誰にも言わない。だから、せめてこの夏が終わるまで、先輩の笑顔を見つめさせてほしい。


そう、思ったら、もう私の振る舞い方なんて、決まっている。


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