君の瞳の影~The Shadow Of Your Eyes~
◇◇◇◇◇◇◇
「君の為を想って敢えて言うが、残された命の時間はそう長くなかろう…心の準備だけはしておいておいたほうがよろしい…」

妙な倦怠感を覚え、ポツポツと陰鬱(いんうつ)な雨が初夏の若草を濡らす朝病院を訪れた青年が延々と続く待ち時間と退屈な検査の後、老医から、
「入院して詳しく調べた方がよいが、あなたの症状は全身に転移した癌でほぼ間違いない…」
と症状の説明を受け、最後に斯(か)くの如き宣告が為された。
「嘘だろ…」
雨が強まり、診察室に鈍い音を立て遠雷が鳴り響き、蛍光灯に淡く染まった診察室の窓を怪しく照らした。
その言葉に青年は、
「ご両親にはこちらからお伝えしてよろしいかな?」
「いや先生、父も母ももう亡くしてます…」
「そうか…これからすぐ入院してもらっても構わないかね?」
「…はい…」
そうして老医は診察室を出る孤独な背中を見送ると病棟へ内線の電話をかけた。

それから間もなくの事である。
「六号室の患者さんの採血済んだ?それと検体とったら師長さんのところ行ってくれる?連絡あるみたいだから」
「はいっ、わかりました」
素早く返事をした若き看護師は医療器具を載せたトレーを手に、病室のベッドに座っている老人の元へ駆け込む。
ゴム紐状の駆血帯(くけつたい)を取り出しぎこちなく老人の腕に縛り付けると、鬱血(うっけつ)した静脈にアルコール綿を擦り当て、紫色に透けた血管に素早く穿刺(せんし)した。
「看護婦さん、上手だねえ。痛くない」
老人のうれしそうな驚きに、
「痛みを感じる部分は皮膚にあるから一気に刺せば痛くない時もあるんですよ。よかった…」
若き看護師は澄んだ瞳で優しく語りかけ、注射針の採血ホルダーに採血管(スピッツ)を挿入する。
小気味よく管に静脈血が流れ、採血管に血が溜まると慣れない手つきで取り出し、攪拌(かくはん)しては新たに一本、また一本…。
そして駆血帯を外して針を抜くと絆創膏(ばんそうこう)で止血して強く押すよう優しく語りかける。
針を処理し採血管を試験管立て(スタンド)に据えて、看護師は足早に師長の元へ向かった。
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