ドキドキするだけの恋なんて

渋谷から 20分… 浜田山で 電車を降りて。

駅を出ると タケルは 小さな声で

「懐かしいなぁ…」って 呟いた。


私だって 懐かしい。

こうして タケルに 送ってもらったね。


私の部屋から 引き返す タケルが 寂しくて。


タケルの背中が 見えなくなるまで

私は マンションの入り口で 立ち止っていた。


私達が 付き合った時間は 消えないけど。

だから それに縋ったら いけないんだよ。


あの時間が 愛おしいことと

私が 愛おしいことは 違う。


タケルは 多分 勘違いしている。


過ぎた時間は 取り戻せないから。

楽しかったことだけ 強調されて。


それを 私への 愛情だと 思っているんでしょう?


「言っておくけど。俺 あず美のこと 諦めないからな。」


黙って歩く私に タケルは 言う。


そっとタケルを 見上げて 私は 首を振る。


「なんだよ?何か あず美 余裕なんだけど?」

「えっ?余裕なんか ないけど…」

「昔は あず美の方が 幼かったのに。」


「女性の方が 早く 成長するのよ。」


そうさせたのは タケルのくせに。

タケルを 諦めるために 私は 大人になったの。


「ほらね。今みたいな 言い方も。俺 宥められてるみたいじゃん?」

「フフッ。そんなことも ないけどね。」


駅から 5分ちょっとで 

マンションの入り口が 見えて来て。


「また 美味しいもの 食べような?」

タケルは そっと 私の肩に 触れる。


「もう 会わない方が いいの。」

小さく微笑んで 私は 首を振る。


「また 電話するから。」

「今日は ありがとう。おやすみなさい。」


私は タケルが 歩き出す前に

マンションの中に 入って行った。









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