これは僕と彼女の軌道
 着いた場所の彼女のお屋敷()

 前来たときはテスラに案内されたが、今日はどこに連れて行くのだろう。

 上品な茶色をした両開きの扉を開くと、古い紙の匂いが漂った。

 目を見開くと扉の先には大量の本が仕舞われた本棚がずらりと並んでいた。

「ここはお屋敷の書庫です。どれでも読んで構いませんので、くつろいでください」

 案内をしてくれた大川さんの説明に、書庫なんて言葉が不釣り合いな部屋の外観にただただ驚いている。一箇所、本棚がないスペースには長方形のテーブル、革張りのソファ1つとアームチェアが置かれている。

「じい、あとは私に任せて」

「はい、かしこまりました」

 大川さんが出ていき、風無さんと2人きりだ。

 教室で2人で勉強するときは放課後だから初めてじゃないし、この間仕事を手伝ってくれたときもそうだった。だけど、僕は妙な緊張感を覚える。

 他人の家の中というプライベートな空間だからだろうか?

「さあ、どれでも好きなの読んで」

 彼女は屈託のない笑顔で本を読むように促すが、1つ不思議に思ったことがある。

 どうして気晴らしの場所に書庫(ここ)を選んだのだろう。まるで、昨日僕が本を捨てられたことを看破したかのようだ。

 訝しむ僕の表情に彼女は若干顔を曇らせた。

「もしかして、本読みたくなかった?」

 滅多に見せない弱々しい表情に罪悪感を抱く。

 仰々しい量の掌を手前に掲げ「違うから!」と声を荒げた。

「どっちかって言うと、本は好きな方!」

 彼女はもともと丸い目をさらに丸くさせ「よかった」と再び微笑む。

「ノートに本が好きかもって書いてあったから、ここ選んだの。君の態度で違ったかなって不安になったけど、合ってたみたいでよかった」

 ほっと胸を撫で下ろす彼女の言葉に思考を巡らせる。

 僕らが会話するときは、真正面から話すのは恥ずかしいから勉強か読書の片手間が多い。風無さんは普段の様子から僕が本好きだと判断したのだろう。

 彼女は記憶障害を持っているが、洞察力は優れていた。

 彼女の新たな一面を知ると同時に、晴れやかな心遣いに僕の心を余らせていた(もや)は消え去った。

 窓の外に目を向けると灰色だった空も青く晴れ渡っていた。
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