これは僕と彼女の軌道
 食事を終えた僕らはレジャーシートを敷いた場所へ戻った。

「食べたら眠くなった~。私、少し昼寝する~」

 暦さんはレジャーシートを陣取って、寝る体制に入る。

「ちょっと、食べて直ぐに横になるのは体に良くないよ」

 制止する僕だが、「でも、ねむ~い。おやすみ~」と寝入ってしまった。その後、いくら呼びかけても反応がない。不良の先輩たちに絡まれたときも思ったが、彼女に危機感はないのか。いつか誘拐でもされそうで心配だ。

 さて、どうしたものかと難儀している、、龍也が「完全にねちゃってね」なんて呑気に言った。

 お前も暦さんをどうやって起こすか知恵を絞れ。あっ、でも、僕でも対処に困り果てているのに、頭が足りない龍也じゃ解決策を見つけることなんてできないよな。

 自分で言うのもなんだが、親友に失礼極まりないことを考えた。

「じゃあ、俺はこの辺で」

 そそくさとその場を離れようとする龍也の首根っこを掴む。水着の上に羽織っていたパーカーのフードを引っ張ったため、龍也は首が絞まって苦しそうだ。

「ちょっ…苦しい。離せ」

 フードを掴んでいた手を放して、「急にどこかに行こうとしたからだよ」と諫言する。

「だいたい、今身体を休めた方が良いのは龍也の方だ。また勝手にどこかに行って、倒れたらどうするんだ」

 安静にしていろと戒飭するが、龍也はむすっとした顔で「せっかく、また2人きりになる機会を作ってやろうと思ったのに」と不満を漏らす。

 僕は「そんなのいいから、日陰で休みなさい」とビーチパラソルの下に押し込んだ。

 僕も隣に座り込む。

「何か、狭くね」

 中くらいレジャーシートに高校生3人。しかも1人は体を大にして横たわっていて、彼女の体に触れないようになるべく隅に寄っている。狭いのは当然だ。

「文句言うな。僕よりはましだろ。こっちはビーチパラソルの影からはみ出しているんだ」

 病人である龍也に日陰になっている部分を譲って、僕は陰からはみ出した場所に座っている。

 直射日光がきつい。小細に水分補給を取っていたのに、こんなことなら帽子を被ってくるんだった。

「ジュース買って来る」

 糖分も補給せねばと思い、少しその場を離れた。

 海の家でスポーツドリンクを3本買った。

「はい。龍也の分」

 戻るとまずは龍也に1本渡し、もう1本暦さんの近くに置いた。

「わざわざ、俺らの分も買ってきたのかよ」

 感心したように呟いた龍也は、「こういうサービスは意中の女子だけにしろよ」とクギを刺す。

「何を言っているんだ。今1番水分と糖分を補給すべきなのは、龍也だろう。早く飲んで、体調戻せ」

 体調管理をしっかりしろと諭すと、「いや、そうじゃなくて…」と呆れ混じりに否定する。

「こういう何気ない優しさ1つで女子はトキメクものなの」

 今度は龍也が僕を諭すようなことを言う。

 よくわからない女性の心理に「そういうものなのか?」尋ね返した。

 龍也は自信満々に「そういうもの」と断言する。

「女の子は自分を第一に考えてくれる男に弱いものなんだよ」

 やけに含みのある言葉に疑問を持つ。

「もっとレディーファーストしてやれ。今日、服脱いだとき注意しただけに終わったけど、せっかくの水着を一言も褒めないのはマイナスポイントだぞ」

 水着という単語に顔を赤くさせる。

 龍也の頭を軽く叩いて、「女性の水着姿に意識を向けるなんて、変態だ」と非難する。

 龍也は涙目で「おい。病人なんだぞ。大切にしろ」と不満を垂らす。

「だいたい。健全な男子高校生なら、女の子の水着に興味を示すなんて普通だ。歩が堅物なんだよ」

「たく…」

 いつもなら反論するところだが、今の龍也は病人だから、あまり杜撰な扱いはできない。

 僕はようやく座り込み、自分の分のスポーツドリンクに口をつける。

「あっ、もう静かになった」

 もう相手にするのも面倒くさくて、ジュースの飲むのに夢中なふりをして無視する。

 龍也はそんな僕をじっと見つめてくる。

 うざったく感じていると、「歩、なんか(わたる)おじさんに似てきた?」なんて言い出した。

 航というのは僕の父の名前だ。父に似ている。その言葉は、暦さんに僕が父さんを尊敬していると言ったときと同等の衝撃があった。

「昔。俺らが幼稚園ぐらいのころ、龍也の家の近くの公園でよく遊んでたろ。そので俺1度大怪我したことがあったじゃんか」

 思い当たる。あれは確か龍也が僕の静止を無視して、ジャングルジムの天辺まで登り、足を滑らせて頭から転落したんだ。幼かった僕はパニックになって、たまたま休憩だった父の元へ駆け込んだ。公園へ戻ると父さんは応急措置を施し、呼んでおいた救急車に同乗した。お陰で龍也は目立った傷も残らずに済んだ。

「あのとき、最後まで航おじさんが俺の怪我を診てくれたんだ。救急車に乗らなかった歩は知らなかっただろうけど」

 友だちが目の前で大怪我をした。そのことだけでも小さい子どもからしたら、ショックは大きい。父さんは僕を母さんに預けて、救急車以降のことは龍也の怪我の具合が落ち着くまで教えてくれなかった。

「処置が終わった後、おじさんに言われたんだ。『小さい子どもが大人がいない場所で、危ないことをするな』ってな」

 しみじみと思い出すように当時のことを語る龍也。

「今日の歩、あのときの航おじさんと同じ感じがする。それに医者っぽい」

 語る終えると、僕が医師らしくなったと言った。あまりピンとこなくて、「どこら辺が?」と聞いてみた。

「そうだな…日射病の忠告だったり、わざわざ食べる物を変えさせたりして」

 挙げられていく僕の行動を思い返す。僕からしたら自然な行動だったが、龍也からしたら医者らしく見えたようだ。

「昔からそんなところはあったけど、今日は特に顕著だぞ。やっぱり、小さいときからおじさんの背中を見てきたから、自然のその行動が身に染みたのかもな」

 自然と染み込む言葉。父親に反発していた期間が長いのに、暦さんにも似たようなことを言われたから抵抗もなく飲み込める。

 だから、「僕は父さんのこと。本当に尊敬しているんだ」と独でに呟いた。

「え?なに?今まで、尊敬していること、自覚していなかったの?」

 龍也は予想外だったのか、あからさまに驚いた様子を見せる。

「そんなに驚くこと?」

「だって、尊敬しているから、歩も医者目指してんだろ?」

 暦さんや龍也から指摘され、長い間気付かなかった。いや、忘れていた医師を目指すようになった根源を思い出した。

 人を、誰かを、龍也を助ける医者の父さんに憧れて、同じ医者になりたいって思ったんだ。だけど、当人に反対されてそれを忘れ、いつの間に見返すことを医師になる目的にしていた。

 僕は本当は『父さんのようになりたかったんだ』。

 ずっと父さんを見返したいから医者になろうとしてたけど、自分の本心に気づいて茫然とする。

「…‼︎」

 突如、龍弥が肩を寄せてきた。

「なんだよ」

 意味不明な行動を訝しむと、「歩なら良い医者になれるって」と激励する。

 うわの空になってきた僕をとにかく励まそうと思ったのだろう。

 龍也と暦さんには感謝しないとな。2人のお陰で、医師を目指すアイデンティティーを再獲得できた。
< 50 / 75 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop