呪イノ少女、鬼ノ少女
譲らない茜の姿勢に、黒丞は僅かに歯を軋ませた。

それから、一度重く息を吐く。

激しい雨の中見苦しく地に額を擦り付ける弟子の姿をみる瞳の色がみるみるうちに暗くなっていく。


「死の覚悟など……教えなかったのだがな」


片方だけの瞳を閉じ、『あの頃』を思い浮かべる。

そして、それを忘却の彼方へと消し去っていく。


「いいだろう。貴様の願いは聞いてやる」

「師匠!!」


瞬間、茜は顔を上げ、いつかこの男に向けていたのと同じ表情を見せた。

だが、そこにあったのは極限まで冷め切った一匹の鬼の顔。


「だが、二つばかり条件を飲んでもらうぞ」

「……なんなりと」


黒丞はコートを翻し、茜に背を向けた。


「一つ、次に我らが来るまで村を離れるな」

「大人しく待てと?」

「迎え撃つ準備でもなんでもしていろ。この村を離れなければ何をしようと一向に構わん。結果は変わらんからな」


いくらでも兵を整え、武器を備えても構わない。

黒丞はそう言っている。

そして、それはそれら全てを打倒する力があるという意味だ。

逃げるな、というのは追うのが面倒に過ぎないからだろう。


「分かりました。それで、もう一つは?」

「弟子を止めろ。貴様は破門だ」

「それは…」

「いいな?次に会えばその時は……馬鹿娘、貴様を殺す」


黒丞は、闇へと足を踏み出す。

振り返ることなく背中越しに伝えられた、別離の言葉。

茜は離れていくその背中に手を伸ばそうとして、それは浅ましいことだと気付き止めた。

砂利を掻き毟るように掴んで、また一つ過去の欠片を失ってしまった自身の弱さに堪える。


破門。

それは天草が僅かに残った人の残滓を切り捨て、鬼の道へと完全に堕ちたということ。

もはやこれより、天草は全ての人の害になった。


「師匠……今までありがとう」


鬼達の気配が消えた虚空に、涙交じりの声が呑まれていくのだった。






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