その背は美しく燃えている【中編】

美術室の悪魔




 美術室には悪魔が住んでいる。そんなにわかに信じ難い噂が乃木高校を襲ったのは、冬も深まる十二月中旬のことであった。ある者は面白おかしく、ある者は悲鳴を上げてこの話題を口にするが、一学年の佐野晴人とて例外ではなかった。


「……で、その美術部員は警備員を呼んで再度美術室に訪れたけど、その時には彼女の描いた絵だけが盗まれてたってわけ」


 一通り話し終えて満足気に鼻を鳴らす。白髪が柔らかな印象を与える晴人を、ガタイの良く、無愛想な顔立ちをしている鈴木が呆れ顔で見やる。


「そんなさ、子供騙しじゃあるまいし。大方その美術部員がその子の絵を盗みに来た犯人を月光か何かの関係で見間違えただけだろ。そもそも事実か分かんねぇし。だからほら、安心しろ」


 その視線の先には、鈴木の相対に座る天谷が居た。くるみ色の瞳に華奢な肩が女性的である。

 そんな彼は怯えきった肩を揺らして、勢いよく首を左右に振る。答えは否らしい。そもそもこの話をする場所の所為でもあるその怯えに、鈴木は同情を禁じ得ない。と、同時に、怪談の事件現場で平然と話題を持ち出した佐野に対する怒りが湧いてくる。


「お前なぁ、場所ってもんを考えろよ」


 うかがうように教室内を見回した。絵の具の独特な匂い。鮮やかに彩られた机。そして自分たちには小さすぎる木製の椅子。四角い箱の中に存在する物という物がここが美術室であるということを主張している。佐野はそれも承知といった表情で笑ってみせた。鈴木は心の中で鋭い舌打ちをする。

 突如近くで鉛筆が紙面をなぞる音が聞こえて来たので前を見れば、天谷が我関せずといった表情で作品を完成させる作業を始めていた。即に彼の中では、この話題は過去の産物となったらしい。

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