呉服屋王子と練り切り姫

失って気付くもの

 結局、甚八さんの部屋に帰ってきた。

 将太君は「良かったっすね~」なんて言って帰ってしまうし、甚八さんはさっさと歩いて行こうとするし。

「待ってくださいよ」

 私はまだ振りほどいていない甚八さんの手首を掴んだまま言った。

「兄さんのとこ、帰るんだろ?」
「それが、実は昼間、陽臣さんに対する怒りが堰を切ってしまいまして……」

 出て行くと言ってしまった手前帰れないと話すと、甚八さんは部屋に帰ることをしぶしぶ了承してくれた。私は半歩前を黙ったまま歩く甚八さんの手首を掴んだまま、俯いて黙って歩いた。
 また彼に料理をして、洗濯をして……勢いで想いを伝えてしまった今、私のポジションは家政婦を越えるかもしれない、などと淡い期待を抱きながら、もう何度も通った超高級エントランスをくぐった。
 しかし、その期待は彼が玄関を開けた瞬間にどこかへ吹っ飛んでいくことになる。

「お前の部屋はとってあるから安心しろ」

 そう言って甚八さんが玄関の扉を開く。その先に広がる光景に、私は目を疑った。

「甚八さん、これはどういうことですか?」
「それが、俺にも分からんのだ」

 たった数日いなかっただけなのに、甚八さんの部屋は、元の汚部屋に逆戻りしていたのだった。
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