嫌わないでよ青谷くん!

らしくないけどさ


「おはよー」



 梅雨に入ったせいで漂う陰鬱な雰囲気を裂くように教室の扉を開けると、直子より先に登校してた芽衣と類が駆け寄ってきた。



「おはよぉ。昨日のサッカー見学楽しかったねぇ」


「類ポンコツだったね」


「おい何言っとるんお前!」


「本当さぁ、誰の真似して関西弁喋ってるのぉ。寒いー」



 朝だからといって芽衣の毒舌の鮮度が落ちるわけではない。苦しむ類を労わるように直子は彼の肩を摩った。歴戦の戦士のような顔で類は直子の手に彼の血管の浮き出た雄らしい手を重ねてくる。ふとその手に昨日までなかった指輪がある事に気がつき、はて、と思った。

 鮮烈に白く輝いて見える。清らかで、美しくて、簡単には真似できない輝かしさだ。こんな高価な指輪を易々と買えるほど類に金銭の余裕が無いことを直子は知っている。

 ありとあらゆる可能性に思考を巡らせて、ある一つの答えに行き着いた。確信はあるが、聞いて良いのか分からず、口先で言葉がまごつく。



「あー、気づいてもうた?」



 直子の瞳を見て諦めたように類が言った。迷いながらも直子は縦に首を振る。

 うー、だとか、あー、だとか、意味を為さない言葉を一通り吐き出したあと、決意の表情で類は口を開いた。



「オレ、中学から付き合ってる子がおるんよ」



 確信は事実に変わり、直子は一人深く頷く。芽衣の反応が気になり類から視線を移す。事の次第を理解していない芽衣は小動物的な目を限界まで見開いて類を見ていた。



「うっそ……全然チャラくないじゃん」



 驚きのあまり口調まで外れる始末である。



「おいコラ芽衣。失礼やな。……そんで三周年ってことで、ずっと前から貯金しておった金で高いペアリング買ったんよ」


「漢だぁ……」



 珍しく感心しきっている芽衣に直子は頷いた。

 入学してからずっと、あらゆる女子と経験を重ねているのだろうと思っていた。しかし実際は昔から付き合っている人がいたという。見た目だけで人格を判断していたが、それだけではいけないと改めて思い知らされる。


 暫くそうやって話していると、肩にかけたままの荷物がいっそう重くなるのを感じた。課題が思いの外重い問題集であり、普段持ち歩いていない大きめな筆箱も相まって、負担が通常の十倍かかっている気がする。だからといって話が盛り上がっている今、机に向かうのも空気を読まない感じがして、悩ましい気持ちになる。
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