響は謙太郎を唆す

謙太郎が扉から入ったら、母親はいつものように、大げさに息子の帰宅を喜び、さぁさぁ、あなたもいらっしゃいな、と、リビングに誘導され、いつの間にか、香りの良い紅茶と有名店の洋菓子がもう謙太郎のために並べられた。

始まる団欒。

親しい他人が入ることによる遠慮と、ある意味本当にそんな親しい雰囲気の家庭だから、そんな昔からの温かい雰囲気に包まれる。

紗代子が、恥ずかしそうに、
「謙太郎さんお久しぶり」
と挨拶して、父親が
「娘っていいもんだな、うちは男2人だからな」
と笑う。
「1人娘だから跡取りがいないって、パパがいつも嘆くんですよ、」
と沙夜子が言う。
「あら、お兄ちゃんがにお願いしたらいいのよ」
と天真爛漫に母が言い、謙太郎を意味ありげに見る。
「そんな、謙太郎さんが困ってるじゃない」
と紗代子が微妙に女性の期待を込めて謙太郎を見て、恥ずかしそうにする。

取り込まれる。

優しい、愛に包まれた、頑丈な壁に取り囲まれ、身動きが取れないような。

ここで、急に、やめてくれ!と、大騒ぎをするはずのギリギリのラインで、巧妙な檻に囲まれている。
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