Sister Cherry! ~事故った妹は今日も事故る~【シーズン1】

21.恋人ゲーム


【恋人ごっこ(2/6)】

 ********************

 何とか桜子の指から逃れ、遼太郎は赤くなった頬を撫でた。
「わかったよ。一応、桜子の提案を訊こう。“彼氏彼女のフリ”って、具体的に何をするって言うんだ?」
そう問うと、桜子はきょろきょろあちこちに目を泳がせ、上目遣いになって遼太郎を見上げた。

「あ、あのね、あたしがお兄ちゃんのこと、“遼君”って言う……///」

 遼太郎は思わず吹き出した。まったく、何を言い出すかと思って焦ったら、所詮は中学生の考えることか。遼太郎に笑われ、桜子は顔を赤くして、
「それで、お兄ちゃんがあたしのこと、“桜子”って言う!」
「それはいつも通りだ」
「ホントだ!」

 その時、遼太郎は電車が減速するのを感じた。


 うーっとなってる桜子に、遼太郎はクスっとなって言った。
「なるほど、桜子の言い分はわかった。折角遊びに行くんだ。兄もイベントにエンタメ性を持たせるのはキライじゃない」
ぱっと顔を輝かせた桜子を、遼太郎は微笑ましく思いつつ、

「じゃあ、次の駅から、桜子が俺のこと“お兄ちゃん”と呼ぶの禁止な」
「ええっ?」


 桜子がちょっと困った顔をしたが、
「桜子が言い出したことだろ? その代わり、3時まで“お兄ちゃん”って言わなかったら、スタバでケーキ奢ってやろう」
遼太郎がそう言うと、途端に目をキラキラさせる。
「本当?!」
「約束だ」
“妹とお出掛け”を知り合いに見られるより、“妹と恋人ごっこ”をしているのを見られる方が数百倍ヤバい……変なスイッチの入った遼太郎は、そのことに気づいていない。
「それじゃあ、今から……」

 ガタン、電車が揺れ、プシュー、二人のいる反対側のドアが開いた。

「“恋人ゲーム”、スタート」
「うんっ、お兄……遼君っ/// 」


 駅では遼太郎の予想通り、かなりの学生が乗り込み、電車は一気に混んだ。

 毎朝電車通学の自分と違い、満員電車に不慣れな上、頭をぶつけて記憶が戻っていない妹。桜子をかばい、遼太郎はごく自然にドアに手をついて、スペースを確保する。気遣って桜子の様子を確かめると……


 桜子は、両手で胸を抱くようにして、耳まで真っ赤で縮こまっていた。
「桜子、どうした?」
「遼君……いきなり“壁ドン”なの……?」
遼太郎はブフッと鼻から息が漏れた。
「フリが本気過ぎるよお……? 桜子、サレちゃうの……?」
お前こそ本気過ぎるわ。遼太郎は周囲の耳を気にしつつ、桜子に囁く。
「するか、バカ。それより、お前こそルール忘れんなよ」
「わかってるよ、“遼君”……///」

「遼君……///」
「…………」
「遼君///」
「……何だよ?」
「クスッ、遼君のこと、呼びたかっただけだよーだっ///」

 賭けとか言い出した手前、ヤメろとは言えなかったが、遼太郎は既に自分がゲームマスターではなく、プレイヤーの一人であることを薄々感じている。
(周りの奴らに聞こえてないだろうな……?)


 当然聞こえている。
(バカップルだ……バカップルだよ……)
(でも、めっちゃイケメンと美少女だよ……赦されちゃうよ……)
(いいなー……俺も……私も……彼女……彼氏……欲しいなー……)

 もはや車両丸ごと生きるか死ぬか、残り六駅の密室デスゲームであった。


 **********


 そして仕掛けるのは当然、ゲームの真の支配者・桜子だ。いまだ壁ドンの体勢に甘んじる遼太郎に向かい、
「ねえ、遼君?」
「……何だ?」
「何か“俺様っぽい”こと言って?」
遼太郎は持ち堪えたが、周りの学生は何人か死んだ。

 自分を見上げる桜子が、ニヤッとした。うーむ、高校生である兄が、中学生の妹にこうも弄ばれていて良いものか。
(否、兄より優れた妹なぞ存在しねえ!)
既に主旨から離れつつあることに気づかず、一生懸命遼太郎は“俺様っぽい”ことを考えている。

「遼君……」
「うるさいな」


 調子に乗って言いかけて、遼太郎にジロリと睨まれ、桜子はビクッとした。
(えっ……お兄ちゃん、怒らせちゃった……?)
「よくしゃべるな、桜子。いい加減に黙らないと……」
身をすくめた桜子に、遼太郎はニヤリとして、急に顔を近づけた。
(えっ……えっ、えっ、えっ……?)
「その生意気な口、塞いじまうぞ……?」

(兄がノッて来たー! しかも予想以上に“俺様っぽい”!)

 そう言えば、いつぞやの“ゲームで泣きまくった”夜、お兄ちゃんは何やらドSの片鱗を垣間見せたような……
(そうだった……お兄ちゃんは草食恐竜でありながら、時としてティラノサウルスさえ突き殺すトリケラトプス……あたしは開いてはいけない扉を……)


 その時、電車がガタンと揺れて、遼太郎の背中によその学生の背負ったリュックが当たった。


 ガタンゴトン……ガタンゴトン……

「…………」
「…………」

 しばし、遼太郎と桜子は無言で目をそらしていたが、やがて互いに慌てたように最小音量で言葉を交わし始めた。
「お、お、お、お兄ちゃん、今っ、あた、当たった……?」
「い、いや! ギリ下に回避した……と思う……!」
「お兄ちゃん、人体における唇の定義とは、赤い色の部分ということで宜しいでしょうかっ?」
「うむ、概ねその認識で正しいと思う!」
「ちなみにヒトの唇は、解剖学的には外胚葉性の皮膚ではなく、内胚葉性、つまり“粘膜”ということになりますがっ(ウィキペディア知識)」
「うん、少し黙ろう!」


 遼太郎に言われ、口を閉じた桜子だったが、顔を上げて、
「あ……」
ハッとしたように遼太郎の口の下に手を伸ばし、ゴシゴシと擦った。
「ど、どうした……?」
「実は桜子、今日色つきのリップを塗ってるんだけど……」

 それはつまり、着弾点がペイントされるということ……
「で……どう……?」
桜子は恥ずかしそうに目をそらし、遼太郎はギクッとするが、すぐにニヤリとした笑みが帰って来た。


「セーフだよ、お兄ちゃん」


 遼太郎が安堵の余り脱力すると、背中にだあっと汗が流れた。
「良かったあ……」
すると桜子がリップで薄く色づいた唇を尖らせる。
「えー……お兄ちゃん、桜子とキスするの……イヤ?」
「イヤも何も……マズいでしょ、兄妹で口でキスは。桜子がイヤだろ?」
桜子は唇に人差し指を当てて、悪戯っぽく笑う。
「イヤじゃない……って言ったら、どうします?」
遼太郎はまた怯むが、こう妹にやられっぱなしも悔しいと思い直し……

 スッと顔を作ると、軽く前髪をかき上げた。
「俺は、イヤだな」
「え……」

「電車の揺れで、偶然唇が触れるのなんて。俺が桜子にキスをする時は、ちゃんと俺の意志でしたいからな。お前もその方が嬉しいだろ?」

 フッと笑った自信たっぷりな目が、
(お兄ちゃんの、“俺様”キター!)
桜子の胸をズギュンと撃ち抜いた。


 散々自分から仕掛けておいて、いざやられると桜子は真っ赤になる。
「な、何言ってるんだよう、お兄ちゃんは/// 妹相手にさあ///」
やっと遼太郎に兄としてのアドバンテージが戻る。
「ところで、桜子。かなり前から“アウト”だぞ?」
桜子はきょとんとして、それからアッと口を開いた。

「言ってた?」
「普通に」


 両手で口を押さえ、桜子は上目遣いに遼太郎を睨む。
「つまり、全てはお兄ちゃんの“孔明の罠”だったのですね……?」
「いや、それは違う」
「ケーキ惜しさに妹の唇を奪うなんて……」
「いや、未遂だろ。そもそもワザとじゃないし」

 むくれる桜子に、遼太郎はふっと笑った。
「いいよ、桜子。ハプニングだったし、チャラにしよう。ここから本番ということで、そうだな……3回でアウトにしてやるよ」
「ホント?! おに……“遼君”だーい好き!」
「ははっ、その調子で頑張れ」
笑顔に戻った桜子の髪を、遼太郎がぽんと叩いた。何だか妙に自然なイチャイチャっぷり、それは“恋人のフリ”なのか、はたまた……


 そして会話の中身までは聞こえていなかったが、二人のイチャコラっぷりに、車内の乗客達の思いはひとつだった。
(リア充、爆発しろ……!)



 **********

 桜子は“遼君”に二ッと笑って、車窓を流れる景色に目をやった。遼太郎から背けた表情は、どことなく複雑だった。
(ゴメンね、お兄ちゃん……)


(あたし、ウソついたんだ――……)


 桜子はこっそりと、自分の唇に手を触れた。どんなにしたくても、自分からは決してできないこと。そんな勇気、桜子にはない。けれど、偶然があっさりともたらした、“いともたやすく行われるえげつない行為”。

 各駅停車が遼太郎と桜子を運んでいくが、桜子の気持ちはいつも特別急行、或いはD4C(ラブトレイン)。いったい桜子を、どこへ連れて行くのか。


 お兄ちゃんの口になんて、幼い頃にはたぶん平気でチューくらいしただろう。それに記憶喪失になる前に、誰かとしたことがあるかもしれない。
(……チーとか。後、チーとか)


 けれど“今の”桜子にとって、それは確かに“ファーストキス”だった。


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