Sister Cherry! ~事故った妹は今日も事故る~【シーズン1】

27.泣いて、笑って、それでも好き


【秘密の恋、知られて……(2/2)】

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(バレた……知られてしまった……!)

 桜子は蒼白になった。絶対に知られてはいけない秘密が、よりによって親友の二人に……


 わかってはいるんだ、自分でも。桜子にとって、それがどれだけ真剣で悲痛な思いであっても、人から見れば、どれだけ異常で気持ちの悪いことなのかは。覚えていないから、知らないから、だからって許される感情ではないことは。

「でも……仕方ないじゃないか……!」


 サナとチーの目が、非難と軽蔑をしているように桜子には見えた。それが悔しくて、悲しくて、両手を握り締めてボロボロと涙を零す桜子に、サナとチーがぎょっとする。
「桜子……」
「だって、知らないんだよっ! 会ったことない人なんだよっ! だから、一緒にいると、ドキドキしたって仕方ないじゃないかっ!」

「桜子、アタシらそんな……」
「わかってるよ! 自分でも気持ち悪いと思うよ! 自分でもどうしようもないんだよ! だから、胸にしまって、言わないんじゃないか……お兄ちゃんにだって言えないんじゃないか……なのに……それなのに……」


「ヒドいよ、二人とも……」


 桜子が顔をグシャグシャにして泣いていると、サナとチーが、両側からガバッとしがみついてきた。
「ゴメンっ……ゴメンね、桜子……っ!」
「アタシら、そんなつもりじゃなかったんだよ……!」
「うええええん……うわああああん……」
もう、サナもチーも顔を真っ赤にして泣いていた。

 三人は抱き合って、人目も気にせずわあわあと泣いている。誰もいない中庭で、ちょうど良かった。


 こうして、桜子達の“学校裁判”は閉廷したのだった――……



 **********

 しばらくして、三人はベンチに座って、夏の気配の近づく青空を見ていた。


 外聞もなく泣くだけ泣いて、少しだけ気分がすっきりしていた。サナはまだ目を真っ赤にして、申し訳なさそうに、桜子のやっぱり赤い目を覗き込んだ。
「ゴメンな、桜子。アタシら、桜子を傷つけるつもりはなかったんだよ」
「ううん。自分でもわかってるんだ、兄妹でさ、オカシイってことは」
桜子は悲しそうに微笑んで、首を振った。


 するとチーが桜子以上に激しく首を振って、
「そんなことないよ、だって考えてみなよ」
桜子とサナに向かって言った。
「全然覚えてないならさー、それって知らない高校生のお兄さんと、ある日突然一緒に暮らし始めるってことじゃん。しかも、相手はあの桜子兄ちゃんだよ?」

 二人の知っている桜子兄ちゃんは、せいぜい中学生の頃までだが、ショッピングモールで久しぶりに見た遼太郎は、すっかり背も高く、ルックスも良くて、完全にオトナのお兄さんだった。
「あー……そりゃ心臓ドキバクだわ」
しかも桜子の言うようにめちゃくちゃ優しいとくれば、
「そりゃあ確かに“どうしようもない”なあ」
自分の身に置き換えてみれば……

 そんなのサナだって、たぶん好きになる。


 三人で泣いて笑って、桜子にもほんの少し元気が戻ったようだった。
「あのね、お兄ちゃんと“初めて”会った時にね……」
桜子は二人に、病院での出来事を話した。その時、お兄ちゃんにひと目惚れをしてしまったことを。


 これを聞いたサナが顔をしかめて、
「うわ、初対面からそれかあ。桜子(にい)、やり方が汚えよな」
「そりゃ桜子兄ちゃんが悪いわ」
欠席裁判で、どうやら遼太郎に有罪判決が下ったらしい。
「でも、出会った瞬間からかあ……そりゃ切ないよなあ」

 サナが腕組みして言うと、チーが立ち上がってぱっと手を挙げた。
「はいはいっ! 私、桜子を全力で応援することに決めましたっ!」
「待て、小型肉食獣(ラーテル)。お前が全力で応援すると、それはそれで不安だ」
「ラーテル?」
不思議そうにする桜子に曖昧に笑って、
「いっこ訊くけどさ、その桜子の“好き”ってどんくらいのもんなの?」
サナはそう問い掛けた。


 桜子は一瞬困ったが、
「うーん……自分でも、よくわからないんだ。一緒にいると、ことあるごとにドキドキさせられるんだけどねー」
とぼけてサナとは目を合わせずに、
「もしかしたら、記憶が戻ったらハッと我に返るかもしれないし」
そんなふうに言葉をつなげた。

 もちろん、本当は自分でも手に負えないくらい、桜子の思いは強い。でもサナとチーがわかってくれたと言っても、自分の本当の気持ちを打ち明ける勇気は、桜子にはまだなかった。

(それに……)

 自分でもよくわからない、記憶が戻れば遼太郎への思いが消えるかもしれないというのは、あながち嘘でもない。桜子自身にさえ、自分の気持ちの在り処がわかっていないのだから。


 桜子の言葉に、サナは納得したように、心なしかホッとしたように頷いた。
「そっか、そうだよな。いつかは桜子の記憶だって戻るはずだし、その時はまたその時だよな」
「うふぅ、私は戻ってからがむしろ本番だと思うけどなあ?」
チーが茶化したが、桜子本人も、もしかしてそうだったどうしよう、という懸念はないでもない。

 失くすはイヤだけど、残っても困る、そんな複雑な気持ちに……


 けれど、いつ訪れるかも知れない先の不安より、桜子は、自分のどうしようもない今を、サナとチーがそっと受け入れてくれたことが嬉しかった。

「ゴメンね、サナ、チー。ビックリさせたよね」
「何言ってんだよ。そりゃあ、驚いたは驚いたけどさ」
「カワイイは正義! 桜子なら、お兄ちゃんだってお父さんだって、行け行けGOGOでオトしちゃえばいいんだよ」
「お、おとーさんはちょっと……」

 確かに、おとーさんもお兄ちゃんに似てイケオジだけどさあ。


 そこで桜子は、二人に向かってモジモジと口ごもりながら言った。
「あの、それでね? このことは、他の人には……」
サナとチーは顔を見合わせ、開けっぴろげな笑顔を見せてくれた。

「わかってるよ、当たり前だ。このことは、三人だけの秘密だよ」
「まあ、桜子兄ちゃんには、私から言ってあげてもいいけどお?」

 チーがそう言って、プッと吹き出した。桜子とサナもつられる。
「あははは……それは、いつか自分で言うよう……」
「頑張れ、桜子―」


 サナはそう言って、笑いながら、ちょっと真剣な目をした。
「けど、覚えとけよ。アタシとチーは、何があっても桜子の味方だからな」
チーもニヤニヤしながら、それでもしっかりと頷いた。
「応援するぜー」
「あはは……応援されちゃっていいことなのかなあ……」

 桜子は、笑って、笑ったからだけじゃなく、また涙が滲んで……


 二人に打ち明けて良かった、心からそう思えた。


 三人がそうやって笑い合っていると、予鈴のチャイムが鳴った。
「って、弁当―!」
「マジか、昼飯食い損ねてるじゃねーか!」
恋に恋する中学二年(オトシゴロ)、まだまだやっぱり色気より食い気。


「ところでさ……」


 結局手付けずの弁当箱を下げて教室へ戻る途中、サナが口を開いた。
「アタシらが教室出る時、アズマの奴、全く事情知らないクセにカットインしてきたよな……?」
「だねー。私達がドア閉めた後、何かガンッて机叩いてたよねー、アズマ……」

 あの空気、あの小芝居に、アドリブで飛び入りするか、フツウ……?

「何て言うか、タダモノじゃないよねー、アズマ君」
「ああ……ちょっとスゲえよな、あいつ……」
「私、結構キライじゃないわー、アズマー」


 こんだけのことがあって、泣いて笑って、まさか本日の結論“東小橋君はタダモノじゃない”。何だか腑に落ちない三人であった。


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